◆短くわかる民事裁判◆
忌避申立てが認められた例その2
「裁判官の忌避」で説明したように、忌避申立てが認められることはほとんどありません。
裁判業界で知られている、公刊物に掲載された忌避申立てが認められたケースは、次に紹介する金沢地裁2016年3月31日決定(判例時報2299号143ページ掲載)と「忌避申立てが認められた例その1」で紹介する横浜地裁小田原支部1991年8月6日決定(「自由と正義」43巻6号125ページに参考資料として掲載)の2件だけと思われます。
この裁判(基本事件)は、2013年7月に実施された生活保護の切り下げについて全国各地で生活保護変更決定処分の取消と国家賠償を求める裁判が起こされた中の金沢地裁での訴訟でした(全国各地の裁判の一覧表はこちら)。この金沢地裁の訴訟に2015年4月1日から異動で合議体の1員となった裁判官が、実は2015年3月まで訟務検事(国が当事者の民事裁判で国の代理人となる検事。生え抜きの検事は民事訴訟を知らないので、裁判官が多くの場合3年間ほど法務省訟務局に異動して担当し、任期が開けるとまた裁判官に戻ります。これを判検交流と呼んでいますが、民間では、批判が強い制度です)として、全国各地で起こされたうちのさいたま地裁での訴訟で国の代理人をしていたことが、2015年12月に発覚し、原告側がその裁判官の忌避を申し立てたというものです。
金沢地裁2016年3月31日決定は、まず一般論として「民事訴訟法24条1項が忌避事由として定める『裁判の公正を妨げるべき事情』とは、当該裁判官が当該事件やその当事者と特別な関係を有することにより、公正で客観性のある裁判をすることが期待できないとの懸念を通常人に抱かせる客観的事情をいうと解される」とし、「当該裁判官が当該事件と主たる争点が同じである事件について当事者の訴訟代理人として訴訟活動を行ったとしても、そのことだけで、当該事件又はその当事者と特別な関係があるとはいえない」、「当該裁判官がかつて国の指定代理人の職務の遂行として、同一争点について一方当事者たる国に有利な主張をしたからといって、それだけで上記客観的事情があるとはいえない」としました。
しかし、事件相互の関連性や当該裁判官の関わりの程度はさまざまなので、「事件相互の関連性の程度や同種争点事件への当該裁判官の関与の態様程度によっては、民訴法23条1項5号の趣旨にも徴し、事件と特別な関係を有するとして、上記客観的事情があるというべき場合もあると解される。」として、具体的な事情を検討し、両事件(さいたま地裁での事件と金沢地裁での事件)の争点が生活保護の引き下げの根拠となる告示を発出したことが裁量の逸脱・濫用となるかにあって、各原告の個別事情による影響はほとんどないこと、当該裁判官はさいたま地裁での事件で国の唯一の訟務検事で準備書面の作成者の筆頭に記載され、口頭弁論でも唯一の訟務検事として弁論していて、準備書面の作成、訴訟活動を主導的に行っていたこと、当該裁判官が作成者の筆頭に記載されている準備書面と基本事件(金沢地裁の事件)に提出された答弁書の主張内容がほぼ完全に共通している上、黙示等の形式や脚注を含む細部の表現まで酷似しているという事実を指摘し、「このように、基本事件と主要な争点が同じであるにとどまらず、強い関連性を有するさいたま事件において、2015年3月末頃までその一方当事者である被告国等の指定代理人として現に中心的に活動し、かつ、基本事件の被告国等の主張書面の作成にも何らかの影響を及ぼした可能性のある者が、その直後の同年4月1日から基本事件の受訴裁判所を構成する裁判官として関与するということになれば、通常人において、公正で客観性のある裁判を期待することができないとの懸念を抱かせるに十分であり、かつ、このような懸念は単なる主観的なものではなく、事件との特別な関係を有するという客観的な事情に基づくものであるということができる。」として、忌避申立てを認容しました。
※指定代理人というのは、行政庁の役人を国の代理人とするもので、訟務検事は法務省訟務局に所属する者(あるいは地方法務局訟務室に所属する者の場合もあります)として、指定代理人となります。事件に訟務検事を何人関与させるかは事件の規模等によります。通常の行政事件では1人で、大事件だと複数名入ります。私が長年住民側の代理人をしている六ヶ所再処理工場の事件などでは、多い時期は訟務検事が3人ついていました。なお、指定代理人の他に弁護士を訴訟代理人としてつけることもあります(元裁判官の弁護士の場合が多いようですが)。法廷で発言するのは、訴訟代理人がついているときは訴訟代理人が発言することもありますが、たいていは法廷では筆頭の訟務検事だけが発言します。ですから、訟務検事が1人の事件なら法廷での発言はその訟務検事だけ、訴訟活動の中心はその訟務検事というこの決定の事実認定は、ごく通常のものというか妥当なものと思います。
この決定での忌避申立てを認容する主文は「別紙原告目録記載の申立人を原告、国及び金沢市と被告とする金沢地方裁判所平成26年(行ウ)第8号生活保護基準引下げ違憲処分取消等請求事件について、裁判官○○の忌避は理由がある。」でした。
民事裁判の手続全般については「民事裁判の審理」でも説明しています。
民事裁判の登場人物についてはモバイル新館の 「民事裁判の登場人物」でも説明しています。
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