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短くわかる民事裁判◆
解雇事件の訴訟物の価額
 解雇事件で労働者が解雇を争うときに請求する地位確認請求と解雇後の未払い賃金(解雇時に遡って支払うので「バックペイ」とも呼ばれます)請求は、財産上の請求でない請求とその原因となる事実から発生する財産上の請求がともに請求される場合ですので、「印紙額計算の基準:訴訟物の価額」で説明したとおり、合算ではなく多い方の額で計算します(民事訴訟費用法第4条第3項)。
 地位確認請求自体の訴訟物の価額は、財産上の請求でない請求として160万円とみなされます(民事訴訟費用法第4条第2項)。
 バックペイの訴訟物の価額は、解雇後提訴時までに発生している未払い賃金の請求額と、提訴後1年以内に発生する未払い賃金の請求額の合計です(法令上の根拠はありませんが、書記官実務に関する資料でそのような見解が取られていて、実務はそれで動いています。東弁の機関誌に掲載された東京地裁労働部書記官の見解はこちら:3~4ページ。ただし、「賃金月額×12か月」の記載について私が東京地裁労働部の書記官と確認した限り、単純に12倍ではなく、提訴後1年間に発生する請求額という考えが正しいとされます)。

 解雇事件の請求の趣旨で例示した月例賃金は毎月20日締め当月25日払いの労働者が、2024年10月31日に即日解雇され、解雇日に解雇予告手当として32万円、11月25日に解雇日までの日割り賃金10万円が支払われ、2025年1月31日に訴えを提起するケースで訴状の請求の趣旨が、
1.原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2.被告は、原告に対し、金48万円及び令和7年2月から本案判決確定の日まで、毎月25日限り、月額金30万円並びにこれらに対する各支払日の翌日(金48万円のうち金18万円については令和6年12月26日、金30万円については令和7年1月26日)から支払い済みまで年3%の割合による金員を支払え。
3.訴訟費用は被告の負担とする。
4.第2項につき仮執行宣言
との裁判を求める。
という場合、提訴時までの未払い賃金請求額が48万円、提訴後1年間に発生する未払い賃金請求額が360万円の合計で408万円となり、バックペイ請求の訴訟物の価額が地位確認請求の訴訟物の価額160万円よりも多いので全体として訴訟物の価額は408万円となります。
 この事件で、2024年11月30日に提訴した場合、解雇予告手当の充当により2024年12月25日に支払うべき賃金の未払いは18万円となり、その結果提訴後1年間に発生する未払い賃金の請求額は348万円ですので、訴訟物の価額は348万円となります。機械的に月例賃金の12か月分と覚えている人が多いのですが、あくまでも、提訴時の既発生分+提訴後1年に発生する分ですので、早期提訴して解雇予告手当の充当をすると12か月分を下回ることがあります。また、解雇事件で勝訴しても賞与分は認めてくれないことが多いのですが、賞与も請求する場合は、提訴後1年以内に発生する分はそれも算入しますので、12か月分より多くなります。

※解雇前の未払い賃金を合わせて請求する場合は、その部分は地位確認請求と関係がないということになりますので、別立ての計算になります。通常は未払い賃金の方が多いので、結局は提訴前発生分+提訴後1年発生分と同じとなり、特段意識する必要もありませんが、未払い賃金が160万円以下の場合、160万円の方が多いから160万円と思っていたら、解雇前未払い賃金は別立てで、160万円+解雇前未払い賃金額が訴額だと書記官に指摘されて慌てたことがあります。非常勤とかパートタイマーで月例賃金が低いときや、本訴ではなく労働審判の場合(申立て後3か月以内に発生する未払い賃金請求額が基準)にそういうことがあり得ます。

 訴え提起手数料については「裁判所に納める費用(民事裁判)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「裁判所に納める費用(民事裁判)」でも説明しています。
  

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