たぶん週1エッセイ◆
東京から脱原発を

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 衆議院選挙の情勢報道では自民党の地滑り的勝利・単独過半数の見込みが報じられ、脱原発の実現には大きなハードルが予測され、暗い気持ちにならざるを得ない状況です。国民の多くが福島原発震災と大量の放射性物質漏洩・拡散・被曝を目の当たりにし、今も故郷に帰れない(おそらくは一生帰れない)原発事故被災者たちの惨状に胸を痛め、さらには原発がなくても停電は起こらない事実と原発再稼働のためなら電力が足りないなどと平気で嘘をつく電力会社のやり口を見聞きして、脱原発を希望しているのに、このような投票行動が予測されていることは、私には驚きですし、とても残念です。
 しかし、嘆いていても仕方ありませんし、諦めれば明るい未来は開けません。こういう情勢の中で東京都民の一人として、それでも東京から脱原発が実現できるかを考えてみたいと思います。

単に良心の呵責ではなく
 東京から脱原発を語ることについて、電気の大量消費地として原発立地地域に犠牲を強いているということへの反省と良心の呵責から論じられることが多く、それは気持ちの問題としてまた生き様・信条の問題としても大事なことですが、ここではそれを超えて、実際に原発を止める(再稼働させない)という観点から考えてみたいと思います。

東京都が持つ権限とアドバンテージ
 東京都は原発自体の許認可権限を持っているわけでもなく、また原発の立地地域でもありませんから原発立地自治体のように安全協定上の権限や消防法等の行政規制を利用した再稼働阻止の手段はとれないことになります。
 しかし、東京電力は東京都に本社を置き東京都内でさまざまな活動をしている会社で、東京電力の売る電気の消費者は東京都に集中しています。私自身、現時点で調査しているわけでもありませんが、東京都が本気になったら、現在の法律を利用したり、新たに都条例を制定することで、東京電力に対して原発の再稼働をめぐってまったく影響力を行使し得ないということはないはずです。
 また、既に広く知られているように、東京都は東京電力の3番目の株主です(東京電力の公表している最新の株主構成はこちら)、最大の株主の原子力損害賠償支援機構と2位の東京電力従業員持ち株会は東京電力の身内ですから、外部の株主としては筆頭株主といえます(保有割合1.20%というのは心細いところではありますが)。さらに、東京都は東京電力に職員を多数天下りさせてきました。その結果、東京都は東京電力に対していろいろなルートでその意思決定に対して影響力を行使できる地位にあります。
 これまでは、原発推進派の前知事が居座ってそういう影響力を(電気料金の算定根拠の開示とか競争原理の導入は主張したものの)脱原発の方向には行使しようとすることもなかったわけですが、その暴言知事も去った今、東京都が法的な権限を行使し、あるいは株主としてや派遣している幹部を通じて東京電力に対する影響力を行使し、東京電力を変えていくという可能性もあります。
 個人としてどれだけの現実的な決定力があるのかはやや疑問ですが、現在の東京電力会長は元東京弁護士会会長(元日弁連副会長)の下河邉和彦弁護士です。弁護士は、理を尽くした説得にはいつか心を動かすものだと、私は、思います。

阿部管財人、宇都宮健児さん、中村裕二さんらとともにオウム被害者救済立法を実現した経験から
 絶望的な状況からの逆転劇として、私は自分自身の経験ではオウム被害者救済問題を思い出します。私は松本サリン事件被害者弁護団の団長として、地下鉄サリン事件被害対策弁護団の宇都宮健児団長や中村裕二事務局長、そして阿部三郎破産管財人(残念ながら故人となってしまいましたが)らとともにオウム犯罪被害者、特にサリン事件被害者の救済に取り組んできました。オウム真理教の被害者救済は、最初は破産手続でオウム真理教の財産を換金して被害者に配当するということによって図られるはずでした。ところが、この手続の中で、破産のために国や地方自治体が届け出た債権が法律上優先されるために配当のほとんどを国や地方自治体が受け取り被害者にはほとんど配当できないことになるという問題が生じました。オウム真理教の破産申立は、私たち被害者側と法務省が申し立てるという前代未聞の共同プロジェクトで、当初そのプロジェクトをリードした法務省担当者は国や地方自治体の債権は取り下げさせる、国が被害者の上前をはねることはないと言い切っていましたが、その担当者は破産宣告直後に転勤で地方に異動し、後任者はそんなことは聞いていない、法律上国は届け出た債権を取り下げられないの一点張りでした。私にとっては、役人というものは信用できないという思いを決定的にしたできごとでした。この事態を回避するため、オウム真理教破産事件では国や地方自治体の債権への配当を被害者の債権への配当より後回しにし、国や地方自治体に配当される分は被害者に配当するという特別立法がなされました。その後、破産管財人の調査が進むにつれ、オウム真理教の財産は破産宣告前に他の名義に書き換えられたり、もともと信者個人や関連会社名義になっていたり、現金等の把握しにくい形で持ち出されたりしていてオウム真理教の名義で残っている資産はかなり少ないことがわかり、やはりこれでは被害者にほとんど配当できないということがわかりました。ここでも、この事態を解決するために、破産宣告当時の信者の名義の資産をオウム真理教のものと推定するという特別立法がなされました。そのような、通常ではとても考えられない救済措置を実施しても、破産手続では結局は被害の4割程度しか配当できませんでした。それを受けて、オウム真理教犯罪被害者に対し国が給付金を支給するという特別立法がなされました(それでも当時の政治状況から被害全額の回復はできず、平均すれば破産手続での配当とあわせて被害の6割程度の回復にとどまりましたが。なお、この被害者への給付金支給の特別立法の過程については、被害者側の当初の要求自民党当初案自民党PT案民主党案与野党合意について過去に書いた意見・説明がありますので興味のある方はどうぞ)。
 特定の事件の被害者救済のために、異例の救済立法が、それも3つもできたのです。普通の弁護士の感覚ではそういうことは予想も期待もできず、そもそも頭にも浮かばないと思います。これらの特別立法は、官僚からは拒否されたことを、私たち被害者側の弁護士と阿部破産管財人が国会議員たちを説得し、自民党政権下で実現したものです(自民党政権下でもやればできたのです)。もちろん、私たちの手柄ということではなく、国民の間でオウム犯罪への憎しみとオウム犯罪被害者の惨状への幅広い同情と理解があってこそです。しかし、核となって動き出し動き続ける人がいなければできたはずがないことです。この特別立法の制定運動は、阿部三郎破産管財人という元日弁連会長で破産管財人という公的地位があり自民党・公明党に人脈がある人物が熱意を見せることで国会議員らの注目を集め、官僚からの反対の指摘への再反論等の理論武装を私が担当し、事務処理能力に長けた中村裕二さんが面会や会合のアポを取って期日前に(むりやりにでも)資料・アピールを作成し、面会や会合の場では宇都宮健児さんが訥々と訴え説得するというような分担で続けられました。被害者側では、ともすれば常識的に考えて無理だよなという気持ちになる私たちを、宇都宮健児さんがどんな現場にも自らが率先して出て行って愚直に地道に活動を続けながら、諦めたらそれまでだと励まし続け、そういった柔らかくも手堅いリーダーシップで統率していました。
 私は、そういう経験からも、どんな状況でも自分で諦めてはいけない、もちろん、何でも勝てるわけではないけれども、こちらに正義があれば、そして通常の世間の人が共感してくれるテーマであれば、不可能を可能にすることもできるのだと学びました。

今、諦めずにがんばりましょう
 今、脱原発をめぐる状況は、私たちの運動で特別立法ができた時のオウム被害者の状況と比べて、問題への世間の認知・理解度、脱原発を求める人々の圧倒的な多さを考えれば、相当有利なはずです。私は、被害者側の粘り強く諦めない運動でオウム被害者救済特別立法を実現したときの経験から考えても、今、東京から脱原発を実現していくことは、可能であり、諦めてはいけないと思っています。

東京都民にはできることがあるはず
 前半で書いたようないろいろな事情を考慮すると、東京都がその気になれば、東京電力に対してできることは相当あると思います。知事が替わる今、東京都民には、新しい知事を選ぶという点でも、就任した後の知事に影響を与えるという点でも、できること、創意工夫することはたくさんあるはずです。
 みんなの創意工夫で東京から脱原発を実現していきましょう。

(2012.12.7記)

広瀬隆さんから「長すぎる」とのご意見をいただき、ダイジェスト版を作りました

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