◆短くわかる民事裁判◆
建物明渡請求の管轄
家主が賃借人に対して建物明渡請求をする場合の管轄裁判所について検討します。
まず事物管轄(地裁に提訴するか、簡裁に提訴するか)について。
訴訟の目的の価額が140万円以内の不動産に関する訴訟は、地方裁判所にも簡易裁判所にも事物管轄があります。
不動産については、訴訟の目的の価額は固定資産税評価証明書の評価額を基準とし、訴訟の対象が所有権の争いではなく賃借権の場合はその2分の1ですので、賃借人に対する建物明渡請求では、簡易裁判所に事物管轄があるケースが多くなります。
簡易裁判所では親族等でも代理ができる、司法委員が和解を熱心に勧めてくれるというようなことに魅力を感じれば、簡易裁判所に提訴するのも1つの選択です。
ただし、簡易裁判所に不動産に関する訴訟を提起した場合、被告は、訴状の請求の原因について認否・反論する前ならば、その簡易裁判所の所在地を管轄する地方裁判所への移送の申立てができ、そのときは裁判所は、無条件にそれに従って移送しなければなりません(民事訴訟法第19条第2項。それについては「簡裁の不動産に関する訴訟の地裁への移送申立」で説明しています)。実際の裁判では移送があると1か月は空転しますので、早く結論を出したい家主にとっては、裁判が遅くなるリスクがあります。
次に土地管轄について。
建物明渡請求は特定物の引渡請求ですから、その義務履行地は建物の所在地です。不動産に関する訴訟という観点からも不動産所在地に土地管轄があります。さらに、被告となる賃借人はその建物に居住しているはずですので、被告の住所地も、建物所在地というのが通常です。
そうすると、建物明渡請求の土地管轄は、考えられるものはすべて建物所在地になります。
では、建物明渡請求訴訟を原告住所地で起こすことはできないでしょうか。建物明渡請求自体は、原告住所地に土地管轄を認めることは無理がありますが、1人の被告に対して複数の請求をするときはどの請求に関する土地管轄も用いることができます(民事訴訟法第7条本文。そのことは「土地管轄:複数の請求」で説明しています)。例えば賃料滞納の場合なら賃料請求は家主の住所地が義務履行地ですし、用法違反ならその債務不履行を理由とする損害賠償請求の義務履行地は家主の住所地になります(そのことは「土地管轄:債務不履行による損害賠償請求」で説明しています)ので、これらの請求も1つの訴えに入れれば、家主の住所地で訴えを提起することも可能です。
しかし、特に家主の住所地が建物所在地と離れている場合(そうでなければどうしても原告住所地でやりたいとは思わないでしょうけど)、賃借人への建物明渡請求訴訟を建物所在地ではなく遠隔地の家主住所地で起こすというのはいかにも強引な印象があります。その場合、被告となる賃借人側から当事者間の衡平(こうへい)を図るためとして建物所在地の裁判所への移送申立て(民事訴訟法第17条)がなされて、裁判所がそれを認める可能性も相当程度あるように思えます。そうすると、やはり早く結論を出したい家主にとっては、裁判が遅くなるリスクがあります。
そういうことを考えると、家主の住所地の簡易裁判所に訴え提起することも可能ですが、家主側で見ても、管轄で強引なことを企てるよりは、建物所在地の地方裁判所に訴え提起する方が穏当だし手堅いと私は考えます。
管轄についてはモバイル新館の 「どの裁判所に訴えるか」でも説明しています。
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