裁判例は判例集やネットに掲載されていないものが多数あり、裁判所の判断は裁判実務の現場では揺れ動いていることが多々ある
ネット情報は、書いている人の知識の限界と立場から完全なものでも公平なものでもないことが多々ある
このサイトでも貸金業者を利する(広範囲には知られていない貸金業者に有利な)情報は掲載しないようにしている
過払い金請求訴訟では、大きな論点は取引の分断(一連性)、貸金業者の悪意性(過払い利息)、取引履歴不開示の取扱だが、貸金業者によって個別に様々な主張がなされる
最近、マスコミの報道やインターネットでの情報を見て、自分で過払い金返還請求訴訟を起こして、貸金業者から反論されたり、裁判所からも冷たい対応をされたということで、その段階で相談に来られるケースが増えています。
インターネット等での情報は、このサイトも含めて、万能ではありません。私は、嘘は書きませんが、知っていること、経験したことのすべてを書くわけではありません。そして、裁判というのは、流れがあるというか、裁判官が一度持ってしまった心証は、そう簡単には覆せません。あんまり変な主張をしてしまって相手方から手厳しい(致命的な誤りの)指摘を受けた後で、途中から弁護士が付いたって回復できないということも少なくありません。弁護士の立場から言えば、へたな進行をされた裁判を途中からやらされるのは、最初から全部自分でやるよりずっとずっと大変です。
裁判を起こす前に、少し立ち止まってそのあたりを検討する余裕が大切だと思います。
最近でこそ、最高裁の姿勢が変わり、過払い金返還請求に関しては、全体として借り主側の主張を採用する判決が増えています(もっとも、最近最高裁がまた貸金業者側に寄りつつある感じはしますけど・・・)が、数年前までは消費者側の弁護士の目からは、裁判所は貸金業者の味方だという思いが強くありました。今でも、裁判例の大勢が見えてきた論点でさえ、裁判例の主流からは考えられないような貸金業者寄りの判決をする裁判官も、ときどきいます。また、今でも貸金業者側になかなか勝てない論点も残されていますし、なぜか連戦連勝する貸金業者もいます。しかし、このサイトも含めて、消費者側の弁護士は、そういうことは基本的には紹介しません。
それは、すべてのノウハウを書いてしまったら商売にならないからではありません(私たちの仕事はそのレベルを超えた個別事件での判断と読みが大事です。ウェッブサイトで情報を公開したから商売にならないレベルの仕事ではありません)。また、自分が負けた判決を紹介するのが恥ずかしいからでもありません。
インターネットの記事は、誰でも読むことができるし、誰が読んでいるかわからないものです。私たちがウェッブサイトに書くときは、事件の相手方に読まれても困らないということを判断基準にします。特定の貸金業者がする特徴的な論点があって、その論点ではなかなかその貸金業者に勝てないという場合、そういう情報を書いて、他の貸金業者に読まれると、真似をする貸金業者が増えて消費者側・借り主側に不利になります。特定の貸金業者が連戦連勝していることも同じです。みなし任意弁済について、最高裁の2006年1月の一連の判決が出る前、シティズという貸金業者はみなし任意弁済について連戦連勝していました。その時点では私はそういうことはサイトでは紹介しませんでした。そういうことを広めることでみなし任意弁済を認められてきたシティズの書面を真似する貸金業者を増やしたくなかったからです。そういう意味では、その論点が克服できたか、その見通しが立つまではそういう情報は書きません。
ですから、素人の方が、弁護士のウェッブサイトを見て、貸金業者側の主張が採用されている判決を知らずに簡単に勝てると思いこんで、安易な起こし方をすると、予想外の反論や裁判所の対応に会うことがあります。
過払い金返還請求の話で、取引履歴を途中からしか開示しない貸金業者に対しては推定計算をして貸金業者が開示してきたらそれにあわせて再計算するということを書いていますが、これも相手によりけりですし、ノウハウがあります。
貸金業者でも、裁判を起こしたら追加開示してくることもありますが、一定のラインからは何があっても開示しない(既に破棄したと言い張る)ことも増えています。
推定計算も、あんまりいい加減にやると、裁判所の心証を害することもあります。貸金業者が読むことを考えると、具体的には書けませんが、現実にはあり得ないとか理論的におかしい推定計算を出してしまうと、勝訴が難しくなることがありますし、後から変更するのもまた信用されないという危険があります。
推定計算については、近年裁判所の姿勢がなかなか推定計算を認めないようになり、厳しくなる傾向にあります。
貸金業者の側も利息制限法・貸金業(規制)法改正で今後の利息引き下げをせざるを得なくなり、同時に過払い金返還請求が大幅に増えて、収益が悪化してきています。そのためもあり、裁判外での和解や裁判対応も少しずつ厳しくなってきています。取引履歴について廃棄したから開示できないとごねる業者が増えてきているのもその現れです。
また、クレディアやアエルのように民事再生手続をとって過払い金返還債務を減額させたり消滅させる例や、さらには会社自体倒産するケースも現れています。現実に倒産していなくても、「うちはもうすぐ潰れるから」と言って交渉担当者や裁判担当者が「今和解しないと取りっぱぐれますよ」と開き直った態度で過払い金を大幅に値切ってくることも、もはや珍しくもありません。
今、過払い金返還請求の裁判で一番ホットな論点は、複数の貸付があるときや一旦完済して間があいて再度借り入れしたときの過払い金計算が一連一体か個別か(個別だと時効消滅していることが少なくない)という論点です。昔からある論点なのですが、最高裁第三小法廷が2007年2月13日の判決で基本契約(繰り返して何度も貸し付けることを予定した契約のこと)がない事例で示した判断をどう解釈するかで大論争になっています。
そこに最高裁第二小法廷2008年1月18日判決で一定の基準が示されました。最高裁の判決文の該当部分をまずそのまま紹介すると「第1の基本契約に基づく貸付け及び弁済が反復継続して行われた期間の長さやこれに基づく最終の弁済から第2の基本契約に基づく最初の貸付けまでの期間、第1の基本契約についての契約書の返還の有無、借入れ等に際し使用されるカードが発行されている場合にはその失効手続の有無、第1の基本契約に基づく最終の弁済から第2の基本契約が締結されるまでの間における貸主と借主との接触の状況、第2の基本契約が締結されるに至る経緯、第1と第2の各基本契約における利率等の契約条件の異同等の事情を考慮して、第1の基本契約に基づく債務が完済されてもこれが終了せず、第1の基本契約に基づく取引と第2の基本契約に基づく取引とが事実上1個の連続した貸付取引であると評価することができる場合」には過払い金がその後間をあけて再貸付されたものと一連一本計算されるということになります。
この最高裁判決でこの論点について決着が付いたかというと、そうはなりません。たくさんの事情を総合的に考慮することになるのでそれぞれの事情がどういう組み合わせの時に個別になるのか一連一本になるのかはこれからです。しかも最高裁の示した意味合いを実際の事案との関係でどう読むかが法律家にとっては大きな問題となります。この最高裁判決の事案は第1取引と第2取引の間隔が約3年ですが、これで一連一本計算を認めた原判決を破棄したことから、貸金業者は間が3年あいたら原則個別と主張するでしょうが、他の事情も考慮する必要があって最高裁はその事情を認定させるために原審に差し戻したわけですから3年あいてもさらにいえばもっと間があいても別の事情でリカヴァーできるとも読めるわけです。第1取引と第2取引の利率の違いもこの事案は第1取引より第2取引の方が(後の契約の方が)利率が高いという非常に特殊なケースであったこととの関係で「契約条件の異同」という要件の読み方も紛糾しそうです。現状では、この問題の落ち着きどころは予測しにくいですし、様々な要素の総合考慮となったことで、時間が経ってもわかりやすい判断基準はできない可能性が高くなりました。
どちらかといえば、この最高裁判決が出たことで貸金業者から個別計算(過払いの前半部分は消滅時効で請求できない)という主張がされることが増えるでしょうし、しかもその際の議論が細かくなる(詳細な議論をしなければならなくなる)ことが予測されます。全体として過払い金返還請求訴訟の手間は、たぶん、増えていくことが予測されます。
なお、消滅時効の点で注目された最高裁第一小法廷の2009年1月22日判決は、最大3年4ヵ月の空白期間がある事例で最初の取引から最後の取引まで取引が継続していたと認定して、空白期間の長さを議論することなく、過払い金を新たな借入金に充当する合意があったと判断しています。この最高裁判決の立場では、基本契約が1つである限り、空白期間がどれだけあっても関係なく、過払い金が次の借入金に充当されるということになります。
ですから、この論点の整理としては、私の考える限りでは、基本契約が1つの場合にはその1つの基本契約内では空白期間がどれだけあっても関係なく過払い金は新たな借入金に充当される、基本契約が複数の場合に第1の基本契約に基づく過払い金が次の(第2の)基本契約に基づく新たな借入金に充当されるかは最高裁第二小法廷2008年1月18日判決の基準で判断するということになります。しかし、現実には、それよりも借り主(過払い金債権者)に不利に考える裁判官も相当数います。
過払い法定利息の発生時期問題:最高裁第二小法廷2009年9月4日判決で最終決着
2009年に入って、再貸付問題の他に、貸金業者から必ずと言っていいほど主張されるのが、過払い法定利息の発生時期の問題でした。過払い金のような「不当利得」では、悪意(法律用語では「知っている」という意味です。世間でいう「悪意」とは違います。世間でいう「悪意」は法律用語では「害意」といいます)の受益者は利得の時から法定利息(年5%)を付けて返還する義務があります。
※2020年4月1日施行の民法改正(改正は2017年)により法定利息は年3%(今後は3年ごとに見直される変動制になります)になりました。最終取引(最後の借入か最後の返済の遅い方)が2020年3月31日以前の場合は、年5%で請求できます(2020年4月1日を境に利率が変わるわけではありません)。貸し借りが2020年3月31を跨いで最終取引が2020年4月1日以降の場合は、しばらくは貸金業者側の弁護士と借主側の弁護士の間で技巧的な攻防があるかも知れませんが、おそらくは2020年3月31日までの計算は年5%で、その後は年3%で(その後さらに利率が変わればそれに合わせて切り替えて)計算することになると思います。
利息制限法違反の高利で貸し付ける貸金業者の悪意については、最高裁第二小法廷の2007年7月13日の判決で、みなし任意弁済(これについて知りたい方はみなし任意弁済をめぐる闘いとみなし任意弁済の適用の余地はほぼなくなりましたを読んでください)の適用がないときは、特段の事情がない限り、悪意と推定されるという判決が出て、決着が付いたと思われていました。
しかし、最高裁が2009年の1月22日、3月3日、3月6日に出した基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引中は時効が進行しないという判決(これについて知りたい方は、例えばプロミスの場合を読んでください)を逆手にとって、貸金業者は、取引継続中は過払い金返還請求権が行使できないのだから法定利息も発生しないという主張をし始めました。ほとんどの貸金業者は、裁判で、今その主張をしています。
この主張は、理論的にも無理があり(利息は弁済期前でも発生するのが当たり前。弁済期前に利息が発生しないなら貸金業者も利息は取れなくなり商売になりません)、最高裁判決を読み違えていることが明らかです。裁判所の中にも貸金業者側の誤った主張に引きずられて、その主張を認める判決を出した例もありましたが、この主張は、そう生きながらえずに消滅することが予想されていました。
この論点については、私は最高裁第三小法廷2009年3月3日判決が破棄自判して自ら支払を命じる過払い金額を計算した際に過払い法定利息を過払い金発生時から付ける計算書を採用していること、次で説明する最高裁第三小法廷2009年7月14日が2006年1月13日以後も取引が続いている過払い債権者についても2006年1月13日以前の貸金業者の悪意推定を覆す特段の事情があるかどうかを審理させるために差し戻したことから、最高裁が取引終了前から法定利息が発生するという考えであることは明らかという主張をして来ました。2009年9月4日、最高裁第二小法廷が、過払い金に対する法定利息は過払い金発生時から(取引継続中でも)発生することを正面から判示し、この問題については最終的に決着が付けられました。この後もなおこういうくだらない主張を続ける貸金業者はいます(アイフルとか)が、裁判所からまともに相手にされることはないでしょう。
悪意の時期・悪意を推定されない特段の事情
最高裁第二小法廷が2009年7月10日に、引き続いて第三小法廷が7月14日に、2006年1月13日の最高裁判決(期限の利益喪失約款の下での支払いは任意性がなくみなし任意弁済は適用されないとした判決)以前については、期限の利益喪失約款があるだけでは貸金業者の悪意は推定されないという判決を出しました。これは、あくまでも、期限の利益喪失約款があるというだけの理由では悪意と推定されないというだけのことで、みなし任意弁済の他の要件との関係での悪意については、貸金業者の悪意推定を否定する「特段の事情」が簡単に認められることにはなりません。私は、この判決で悪意問題で息を吹き返す業者があるとしても、それはエイワとシティズ・商工ローンだけ(それも実際に息を吹き返すかどうかは、みなし任意弁済の他の要件についての特段の事情が今後どう判断されるか次第で、まだわかりません)で、普通の消費者金融には関係がないと見ています。しかし、それでもこれらの判決後、消費者金融が一斉にこれらの判決に便乗して2006年1月13日以前は悪意ではなかったと主張するようになりました。しかも、これらの最高裁判決がみなし任意弁済の他の要件が満たされているかどうかを検討することを求めた形になっているため、消費者金融からATMでの利用明細書の発行時の記録や控えやその復刻版が大量に出され、裁判所が消費者金融がそれを出すというと待つという姿勢になりがちです。そのために消費者金融側がそれで時間稼ぎをし、裁判に時間がかかるようになり無意味に裁判記録は分厚くなるようになりました。しかも、大量の書類に圧倒されてか、消費者金融側の「悪意でない」という主張を認める判決も出ています。
「悪意」という言葉は、一般人の誤解を招きやすく、法定利息の支払義務も何か懲罰のように思えるかも知れません。しかし、民法はもともと契約解除の際の原状回復では金銭を受領した側に受領の時から(解除の時からではありません)法定利息を付けて返還する義務を課しています。それは別に問題のある側ではなく、相手が約束違反をしたために解除した側、つまり被害者側の場合も同じです。ですから、民法の契約の世界では、法定利息を付けて返せということはペナルティでも何でもなく、「悪意」も深い意味を持たせる必要はありません。簡単に「悪意」を否定するのは、貸金業者にサービスし過ぎと感じます。
いずれにせよ、最高裁の2009年7月10日と7月14日の判決のおかげで、過払い金返還請求の裁判は、またしてもさらに手間がかかるようになり、混迷の度を深めています。
「アコムの場合」と「プロミスの場合」で説明しているように、この問題は、その後さらに複雑な様相を呈しています。
最初に書いたように、上の解説も、それなりには書き込みましたが、私が認識していること・ふだん裁判で主張していることのすべてを書いているわけではありません。そして私なりにいろいろ配慮して書いている面もあります。
インターネットで得られる情報には、このサイトも含めて、様々な限界があるということをよく理解した上で、ご利用ください。
なお、「民事裁判での弁護士の役割」のコーナーで、過払い金請求訴訟での訴状や準備書面の作成について、私の考え方を少し説明しています。→「訴状の作成」(ページの下の方)、「準備書面の作成」(やはりページの下の方)
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