係争中の生活費の確保(解雇を争う間の生計の維持)

 解雇を争っている間の生活費確保は大きな問題です。解雇を争うなら別会社に就職できないと思いこんでいませんか。

 解雇等を争っている間の生活費の確保の手段は、預貯金等の蓄え、親族・知人の援助といった私的な財産のほかは、雇用保険の受給、賃金仮払い仮処分、アルバイトその他の就職ということになります。

雇用保険の受給

 雇用保険の受給資格、給付額、給付日数等は正確にはハローワークで確認した方がいいですが、大事なことは、仮に使用者が雇用保険加入の手続をとっていない(給与明細書で雇用保険料が差し引かれているかを見れば、原則としてわかります)場合でも遡って手続をとって受給できるということ、雇用保険受給の手続をすること(そのために使用者に離職票を請求すること)は解雇を争うにあたって何ら障害とならない(矛盾しない)こと、通常の解雇や雇止めの場合雇用保険はすぐに受給できるけど懲戒解雇(離職票の記載は「重責解雇(じゅうせきかいこ)」)の場合は3か月の支給制限があり受給できるまでに時間がかかることです。

 雇用保険の受給資格、給付日数、支給制限は、離職票に記載された離職理由によって異なる扱いがなされます。離職票の離職理由は細かく区分されていますが、実質的には、自己都合退職と重責解雇(実質的には懲戒解雇の場合)が雇用保険の取り扱い上不利になります。よくある誤解ですが、離職票の記載上「会社都合退職」という項目はありません。雇用保険の扱いで「会社都合」扱い(自己都合退職でない扱い)にしたい場合は、(解雇=普通解雇以外では)退職勧奨による退職を選択するのが通例です。
 雇用保険の受給資格は、自己都合退職と重責解雇以外の場合は基本的に離職前1年間に6か月間の加入期間(就業期間:使用者が加入手続をとっていなかった場合でも就業していれば遡って加入手続ができることは前述)があることです。自己都合退職と重責解雇の場合は、離職前2年間に12か月の加入期間があることです。
 給付日数(雇用保険を何日間、言い換えれば何日分受給できるか)は、労働者の年齢と加入年数(勤続年数)により決まっていますが、自己都合退職と重責解雇の場合は年齢に関係なく被保険者期間で決まり、通常よりも短くなります(1年以上10年未満で90日、10年以上20年未満で120日、20年以上で150日)。
 そして自己都合退職(正当な理由のない自己都合退職)の場合は2020年10月1日以降は原則として2か月間(その退職日から遡って5年間に2回以上正当な理由のない自己都合退職があるときは3か月間)、重責解雇の場合は3か月間は、失業認定を受けても雇用保険を受給できないという扱いがなされています。
 離職票の離職理由について、使用者の意見と労働者の意見が異なる場合は、離職票に労働者の意見を記載する欄があります。ここで労働者が異議があると記載すると、ハローワークが使用者にその点について回答を求めますが、使用者が労働者の異議に理由がないと回答するとハローワークがそれ以上厳しく追及することはほとんどなく、使用者の記載に基づいて取り扱われるというのが実情です。

 解雇を争う場合、理論的には、「仮受給(かりじゅきゅう)」という手続をします。これは、実は雇用保険法には直接の根拠規定はないのですが、実務上すべてのハローワークで問題なく運用されています。仮受給をするためには、ハローワークで仮受給をしたいとか、解雇を争うといえば、手続を教えてくれます。裁判等で賃金の支払いを受けたらその限度で受給した手当を返還するという誓約書を書かされますが、これは通常の雇用保険受給をした場合でも(誓約書は書かされませんが)返還義務があることに変わりありません。裁判の訴状や仮処分申請書、労働審判申立書(と裁判所の受付票等)を提出したところで受給が始まります。仮受給の場合、失業認定のための求職活動は行う必要がありません(免除されます)が、それ以外は通常の受給と全く同じです。

賃金仮払い仮処分

 地位確認請求の裁判を行う間の生活費確保のために、賃金仮払い仮処分という制度があります。東京地裁では、申立後おおむね2週間おき程度の間隔で労働者側と使用者側双方を裁判所に呼んで法廷ではない部屋でやり取りをする審尋(しんじん)を行い、3か月程度をめどに決定を出す(つまり、雇用保険が切れるまでには決定する)運用をしています。この審尋の過程で和解の話し合いがあり、金銭解決の和解に至ることもあります。仮処分は証人尋問はせず、すべて書類で行います。人の話を証拠にしたいときは陳述書にして出します。

 賃金仮払い仮処分では、裁判官が解雇等が無効であるという心証を持った場合に決定が出ますが、それとともに、「保全の必要性」が必要で、特に東京地裁ではこれが厳しくなっています。金額も賃金全額が出ることはまずなく、現実の生活費の範囲ですし、期間も決定から1年間(決定前に遡ることはまれ)です。預貯金が多ければ、当然出ません。その審査のために預貯金通帳や生活費の支出状況を記載した報告書(近時は破産申立時に作成する「家計全体の状況」にならったものの作成が求められます)、生活費の領収書等を裁判所と使用者側に提出することになり(破産手続なら裁判所と破産管財人が見るだけですが、仮処分の場合は、相手方の会社にも提出しなければなりません)、これがネックになって申立を取りやめることもあります。

 賃金仮払い仮処分が出た場合、解雇が無効という裁判官の判断が出たわけですから、その後本訴をやっても、ふつうは同じ結論(労働者側勝訴)になります。そのことを受けて、当事者間で話し合いが成立するということもあります。

他の会社への就職

 解雇の無効を主張して復職の請求をしている間に働いていいのかという疑問があるかもしれません。しかし、生活費を得るために労働者が働くのは当然です。働くのは、アルバイトに限らず、形が正社員でも、本来は問題はありません。勝訴したらその会社を辞めて戻るということであれば、復職の意思があることに変わりなく、そのことを使用者側からあれこれ言われる筋合いはありません。

 就職して賃金等の収入がある場合、理論的には解雇されなければ(その時間帯に働くことができなかったため)得られなかった収入が得られたのであれば、それは使用者が敗訴した場合のバックペイから差し引かれるという関係になりますが、使用者はその場合でも賃金の6割までは必ず支払う義務があります(バックペイが4割を超えて引かれることはありません)。例えば、30万円の賃金を得ていた労働者が解雇され、ある月にほかで働いて10万円の収入があった場合、その月については使用者が払うバックペイは(10万円がまるまる引かれて)20万円になりますが、労働者がほかで働いた収入が20万円の場合は使用者が支払うべきバックペイは18万円になります。

 このように、他の会社に就職することは、それがバックペイの金額に影響するだけのはずですが、労働者が賃金支払(バックペイ)を受けるためには労務提供の意思と能力が維持されていることが必要で正社員として勤務することはこれを失ったことを意味するという見解を持つ学者がいてこれに影響を受ける裁判官が時々います。最近、他社での就労を理由に、解雇を裁判で争っているにもかかわらず就労の意思を失ったものと認められるなどとして、解雇が無効でも賃金(バックペイ)の請求を認めないという判決が判例雑誌で目に付くようになっています。それを受けて、使用者側がそのような主張をするケースが増えているように感じます。労働者側の著名な弁護士から弱気の意見が漏れることも増えたかも知れません。しかし、そのような判決は、今のところ、大勢を占めるには至っていないと私は認識しています。私自身は、まだその論点で負けたことはありません。2020年に使用者側弁護士から執念深くその主張をされた事件が3件ありましたが、1件では裁判官が取り合わずバックペイの請求権が当然にあることを前提とした和解が成立、残り2件は、解雇・雇止めを受けた労働者が他社に就労したからといって直ちに就労の意思を喪失したとは認められないとしてバックペイ(他社就労中の期間は4割減)の支払を命じる判決を受けました(さいたま地裁2021年1月28日判決、東京地裁2021年7月6日判決)。


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