第14章 疑惑

1.嫉妬

 玉澤先生が事務所を出てドアを閉め鍵を締めている。
「玉澤くん。最近、私につれなくない?」
 階段の踊り場に佇んでいた六条さんが後ろから声をかける。
「みっちゃんか。脅かすなよ。みっちゃんにつれなくしてるつもりはないけど」
「最近、ちっとも抱いてくれないし、私にはメールもあまりくれないのに、狩野さんには頻繁にメールしてるみたいじゃない」
「ん?狩野さんにメールって?」
「メールじゃなきゃLINEかしら。狩野さんは、『私と玉澤先生はホットラインでつながってるの』なんて言ってるわ。私、悔しくて、悔しくて」
「みっちゃん、何のこと言ってるんだい」
「とぼけるつもり?私を甘く見ないで。もう許さない!」
 六条さんは、黒革の手袋をはめた右手に握りしめたミニ三脚で玉澤先生の頭部を殴りつけた。
「みっ…」
 玉澤先生はそのまま気を失って倒れた。
 六条さんは仁王立ちしたまま笑い出した。
「ワハハハハ…オッホッホッホ」


「ぶぎゃあ゛~~~~っ」
 まだ暗い部屋で、私は絶叫して起き上がった。
「はあ、はあ、はあ…」
 心臓が肋骨狭しと暴れている。ぐっしょり寝汗もかいていた。
「ちょっと、静かにしてよ」
 隣の部屋の住人が、ドアを叩いて文句を言った。
「すみません。悪夢にうなされて」
 私は、慌ててドアを少し開け、平謝りした。
「悪夢って?前のときは『13日の金曜日』のジェイソンにチェーンソーで襲われたって話でしたよね」
「あの、ここに至った経緯を考えますと、こういう指摘をするのはたいへん心苦しいのですが、『13日の金曜日』のジェイソンはチェーンソーは使っていません。よくある誤解ですが、チェーンソーを使う殺人鬼は『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスです」
「あなた、悪夢にうなされて飛び起きたばかりにしては、ずいぶん冷静ね」
「すみません。几帳面な性格なんです。意外にも。それで、今度は、魔女に杖で殴り倒される悪夢を見ました」
 前回、玉澤先生と六条さんのHシーンの夢で飛び起きた私は、さすがに本当のことは言えず、それらしい悪夢をでっち上げ、チェーンソーを持つ殺人鬼に登場願ったが、今回は8割方本当のことを言った。六条さんは魔女に見えるが魔女でなく、凶器は杖ではなくミニ三脚で、殴り倒されたのは私ではないのだが。
「そう、それはお気の毒ね」
 隣人は怒りを鎮め、部屋に戻った。
「ふう」
 私はドアを閉めて、ドアにもたれかかり、ため息をついてドアの鍵をかけた。
 六条さんが玉澤先生を襲った?今のは正夢?夢のお告げ?
 そんなはずがない。六条さんも玉澤先生のことを慕っているのに、そんなことできるはずがない。玉澤先生が襲われてから見せる悲しそうな表情、憔悴、やつれた様子は、取り繕ったものじゃない。でも、自分が愛する人を手にかけてしまった後悔からでも同じような感情は持てるかも。いや、いくらなんでもそんな芝居ができるはずは…確かに私は六条さんのことを食えないタヌキだとか、すべてを石に変えるメドゥーサのような冷酷な女だとか思ってきたけど…う~ん、私やっぱり六条さんを疑ってるか。
 夢の中での六条さんの台詞で「最近、ちっとも抱いてくれないし」というのが、聞き捨てならない。これが夢のお告げか、私の嫉妬が作り上げた妄想か。悶々として、私はそれから寝付けなかった。

2.凶器

「六条さん、玉澤先生のデスクまわりの監視カメラの映像、どこまで残ってますか」
 今日も朝から裁判所に行き、事実上は期日を延期して次回期日を2か月近く先に決める手続を3件こなした私は、事務所に出るなり、デスクでノートをつけながら考えごとをしている様子の六条さんに聞いた。
「狩野さんが気にしてたから、23日昼時点で残ってた16日昼以降の映像は、保存してあるけど。それ以前は、私が残したいと思ったところだけ」
「残したいと思ったところって、どういう映像です?」
「それは私のプライベートだけど、狩野さんにはもう隠してもしかたないから言うと、玉澤くんがかわいく見える映像ね」
「監視カメラの映像は音声はないし、受付カウンターあたりは全然見えないんですよね」
「そうね。それは、この間、狩野さんも一緒に見たからわかるでしょ」
「そうですよね。六条さん、3月の15日の私の誕生日に、ミニ三脚を使って写真を撮って、六条さんがそのミニ三脚を外してそのカウンターのあたりに置きましたよね」
「ええ、覚えてるわ」
「そのミニ三脚がいつの間にかなくなったんですけど、六条さん何か知りませんか」
「う~ん、この間もそういうことを聞かれて答えたけど、私は、いつの間にかなくなっていたから狩野さんが持って帰ったんだと思ってたのよ」
「監視カメラの映像には映ってないですよね」
「玉澤くんのデスクまわりのカメラの視野の中には見えないわね。そのミニ三脚、すごく大切な物だったの?」
 またしても六条さんは食えないタヌキの本領を発揮してるのか?
「そのミニ三脚が玉澤先生を襲った凶器と断定されたそうです」
 六条さんの顔が青ざめた。本当に何も知らずに驚いたのか、犯行が発覚することを恐れたのか、私には判断がつきかねた。
「狩野さん、そのミニ三脚がないと気づいたのはいつ?」
「そこがはっきり覚えていないんですけど、19日の火曜日くらいには、ないなぁと思ってぼんやりとは探したんです」
「その時には、カウンターのあたりは探してみたの?」
「たぶん」
「私が聞かれたのは、次の日の20日だったかしら。その時には私もカウンターのあたりは確実にあれこれ探したものね。そうするとなくなったのは、遅くても19日以前、15日から18日の可能性が高いわね。その間に事務所に来た人をピックアップしてみる」
 六条さんは、玉澤先生のスケジュール帳を書き写した控えの手帳や郵便物の発着簿、電話ノートなどをかき集めた。
「15日から18日に事務所に来た人リストは作ってからチェックするけど、その間に狩野さんにも調べて欲しいことがあるの」

3.不審

「何ですか?」
「夏井さんって依頼者、連絡つけられるかしら。一昨日から音信不通になってるんだけど」
「夏井さんなら私も担当している事件の依頼者ですけど」
「実はね、狩野さんが新宿署で取調を受けている間に、例のビデオを目を皿のようにして繰り返してみたの」
「六条さん、ああいうビデオお好みでしたか」
「好きでもない男の局部映像には興味はないわ。私を変態扱いしないでね。でも、玉澤くんの襲撃に何か関係あるかも知れないと思ったら、きちんと見なくちゃと思って。それで、よくよく見ると、ときどき男の体の後ろに見える机の上に熱三電機のロゴの入ったペンが映ってるの」
「夏井さんを解雇した会社ですね」
「それで、私は、玉澤くんが襲われてから、玉澤くんが過去1か月間に会った人に順次電話をしているの。実は玉澤が襲われて意識不明のため、玉澤が何かお約束をしていてもこちらで把握できていないので、何かお約束があったら教えてくださいと伝えて、最後に会ったときにどういう話をしていたとか、何か変わったところはなかったかとかも聞いているの。純粋に約束やスケジュールの把握ということもあるんだけど、私なりに感触をとってもいるの。一昨日、夏井さんに電話したとき、夏井さんの方から、玉澤先生が何かUSBメモリーを受け取っていなかったかと聞かれたので、実は熱三電機のロゴ入りのペンが背景に映ったプライベートビデオが入ったUSBメモリーを襲撃を受けたときに持っていたようだと伝えたの。ゲイのハードコアビデオとは言わなかったけど。そうしたら、夏井さんがすごく衝撃を受けた様子で、何か叫んで電話を切ってしまったの。そのあと、気になってもう一度電話をしたんだけど、電波の届かない場所にあるか電源が入っていないってアナウンスがされるだけなの」
「わかりました。電話番号以外の情報も見て、当たってみます。六条さんが電話して不審な対応をされたのは、夏井さんだけですか?」
「さっきの15日から18日の来客リストとも重なるから、慎重を期しておきたいと思うのだけど、その15日の午後4時に来た、初めての相談者の円萌さんという方なんだけど、玉澤くんの手帳にメモしてあった携帯の電話番号にかけても、人違いだっていうの。玉澤くんがメモするとき間違えたのかしら。狩野さん、覚えてる?」
「あぁ、パワハラを受けているという相談だったけど、なんだか自分の方がパワハラしてるんじゃないかと思えるような態度のお客さんでしたね。玉澤先生も、相談の内容があまり現実的でないし、裏付け証拠もなくて、請求しても難しいんじゃないかって答えてましたね。その後連絡もないようですし、私の印象としても、感じの悪い人でしたよ」

 プルルルル・・・
「はい。玉澤達也法律事務所です。お世話になっています。えぇと…そうですか。玉澤はあいにくおりませんが、狩野がいますので替わります」
 六条さんは電話を保留にして、私に受話器を渡した。
「狩野さん、東京地裁の労働部から、噂の夏井さんの件で弁護士と話したいって」
「はい。お電話替わりました。狩野です」
「東京地裁労働部書記官の初旗です。先日弁論準備期日があったばかりの夏井さんの件ですが、本日裁判所に原告本人名の取下書が届きました。代理人はご承知でしょうか」
「いえ、まったく聞いていません。実は今原告本人と連絡が取れなくなっていまして。もちろん、玉澤先生は今昏睡状態ですので、夏井さんが玉澤先生と協議したということもあり得ません」
「そうですか。裁判官は、代理人がついているので本人が代理人と協議した上で出したのかを確認できるまでは保留扱いにする意向です。代理人の方で、原告本人と連絡がついて意向が確認できたら、ご連絡ください。ただ…こういう事態ですから、玉澤先生が回復されるまで、裁判所は急ぎません。とりあえずお耳に入れておきたいと思いまして」
「ご丁寧にありがとうございます」
 玉澤先生が襲われると行方をくらまし、挙げ句の果てに裁判を勝手に取り下げるって、どういうこと?私は、夏井さんの熱三電機は証拠を偽造していると訴える悲痛な顔を思い出しながら、裏切られた思いがした。
「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」
 夏井さんに電話をかけても、つながらない。う~ん、どうしよう。

4.疑惑

 夏井さんの件は、結局よい連絡方法も思いつかず、私は気持ちがくさくさして投げ出した。六条さんの方を見ると、六条さんも、ノートを眺めてはいるが、作業は進んでいないようだ。
「ところで六条さん、22日に私が玉澤先生の携帯から連絡したとき、六条さんはどこにいたんですか?」
 私は、その時のことを思い出しながら聞いた。
「狩野さん、ひょっとして私を疑ってるの?」
「私は疑ってませんけど、警察は疑っているようですよ。これからそこはうるさく聞かれるんじゃないかなと思って」
 そう言えば、私が電話したとき、背景音で駅のアナウンスのようなものがうっすらと聞こえたような記憶がよみがえった。それに、玉澤先生の携帯からかけているのに、私が声を発する前から六条さんの声はうれしそうではなく尖っているように聞こえた。
「私は…うちにいたわよ。残念ながらアリバイはないわね。あの日、夫は泊まりがけの出張で、私はうちで一人でいたから」
 六条さん、どうしてうちにいたなんて言うんだろう…それに、うれしそうじゃなかったのは、玉澤先生からの電話じゃないとわかっていたから?玉澤先生が電話をかけられる状態じゃないと、知っていたの?
「ごめんなさい、六条さん。私、あなたの言うことを信じられない。だって…」
「こんにちは。今日は、六条さんに任意でお話を聞きたいのですが、署までご同行願えますか」
 私が六条さんと言い合う最中に、素太刑事がやってきた。
「あら、私の事情聴取は3日前の日曜日に済んだはずですよ。私の知っていることはすべてもうお話ししました」
「その後の事情の変化もありましてね。前回とはちょっと違う角度からお聞きしたいことがありまして」
「そう。狩野さんまで変なこと言うから…私は玉澤くんを襲ったりしない。そのことだけは間違いなく言える」
「ええ、そのお話は署でゆっくりと伺いますよ」
 六条さんは、素太刑事と祟木刑事に連れられて出て行った。
 一人残された私は、途方に暮れ、思案に暮れた。

第15章 覚醒 に続く

 
 この作品は、フィクションであり、実在する人物・団体・事件とは関係ありません。
 写真は、イメージカットであり、本文とは関係ありません。

 この作品のトップページ(目次ページ)に戻る ↓