解雇の有効・無効(解雇権濫用の判断)

 どういうときに解雇が無効(労働者の勝ち)になり、どういうときに解雇が有効(労働者の負け)になるか、わかりますか。

解雇理由の特定と検討

 使用者から解雇理由証明書を受け取ったら、解雇理由の特定と検討に入ります。ここからが弁護士の腕の見せどころとなります。書かれている事実について、その通りかどうか、その通りとして解雇理由に当たるか、一応解雇理由に当たるとして解雇するほどの事情か(例えば事前に注意・指導・反省の機会があったか、ほかの類似事例はどう処分されたかなど)を検討し、書かれている事実が多数あったり古い事実のときはその際やその後の注意・指導・警告等の有無や時系列、解雇前後の使用者の言動などから見て、本当の解雇理由は何か(どれか)などを検討します。
 なお、裁判所は、普通解雇の場合(懲戒解雇以外の場合)、裁判上解雇理由証明書に書かれていない解雇理由を使用者が後付けで主張してきても、それが解雇時点で客観的に存在した事実である限りは、使用者側の主張を制限しない傾向にあります。労働者側としては、解雇理由証明書に書かれている解雇理由を中心に検討しますが、それ以外に使用者側が主張してくる可能性がある事実についても検討しておく必要があります。

 そのうえで、裁判の場で問題となる解雇理由について、どのような反論が可能か、そして裁判官がどのように判断するかを検討して、解雇が有効と判断されそうか、無効と判断されそうかを見極めます。そこでは、裁判例の知識も必要ではありますが、実務的にはそれよりも、弁護士が事実や状況、評価と反証に使えそうな事実と資料を労働者からどれだけ引き出せるか、アイディアを出せるか、それに応じて労働者がどれだけの事実を想起し裏付け資料を用意できるかで、事件の見通しが大きく変わってきます。

解雇権濫用の評価基準(普通解雇)

 労働契約法(第16条)は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定めています。この基準はあまりにも抽象的で、結局はこれまでの裁判例の蓄積を考慮して判断することになります。労働事件に慣れた弁護士にとっては、裁判官の判断を大きく読み違えることはありませんが、その基準を言葉で示せと言われると、それは大変難しいもので、実務感覚としか言えないところがあります。少なくとも、この類型ではこの事実があればどうというようなマニュアル的な判断ではありません。上で説明したように、その事案の事実関係をよく検討してケース・バイ・ケースで、実務的に判断していくことになります。

 「能力不足」を理由とする解雇は、長く問題を指摘されることもなく働いてきた労働者について、ある時期から突然それが問題とされるというケースがままありますが、それは実際は能力不足というよりもその上司に嫌われているだけと考えられることが多いでしょう。試用期間があるときに試用期間を過ぎてから能力・適性が問題とされるというのも、本当にそうならなぜ試用期間満了時に解雇せず本採用したのかが問われます。また、通常の採用では、能力は使用者側の教育で伸ばしていくべきという考えが裁判官にありますので、能力不足という立証がなされても、そう簡単には解雇有効につながりません。
 ただし、時々、絶対評価でかなり使い物にならないという立証がなされたときに、それに乗る裁判官もいますので、そういった材料があるときは注意が必要です。
 そして、その分野の経験者を中途採用で相当高額の賃金で雇用した場合は、一定水準の能力が労働契約の内容となっているとしてそれを満たさない場合の解雇が比較的容易に認められていることにも注意する必要があります。

 能力不足の主張と併せて使用者側から上司の指示に従わない、反抗的態度、協調性不足などの主張がなされることもよくあります。コミュニケーション能力に欠けるという言い方をされることも少なくありません。
 労働契約は、労働者が使用者の指揮命令に従って労務を提供するというものですし、裁判官は業務秩序の維持に理解を示す傾向にありますので、労働者の態度があまり反抗的だと、特に裁判の本人尋問の際に自分が気に入らなければ上司の指示に従う必要性がないとか上司や同僚を見下した態度をとると、解雇有効の方向に大きく傾きがちです。
 当時使用者の業務に支障があったのか、使用者からの注意指導がどの程度あったのか、それにもかかわらず繰り返したということがその程度あったのかなどをよく検討して論じていくことになります。

 成績不良についても、そもそも本当に成績が悪いのか(その労働者自身は目標を達成していたり前年より成績を上げているのに成績不良といってくるケースもあります)、担当分野の業務(営業)の性質や担当領域とその変化などからそれがその労働者の責任なのか、をよく検討する必要があります。退職勧奨後にPIP(業績改善プログラム:Performance Improvement Program)を課してそれが達成できないから解雇などという外資系がよくやる手法は、否定的に捉える裁判官が多いのですが、使用者側で解雇回避のために努力したものと肯定的に受け止める裁判官もいて注意を要するものとなってきています。

 遅刻・欠勤が多いことも程度問題であり、その理由や無断での遅刻・欠席か、いつ連絡したか、それにより業務にどの程度の影響を与えたか、使用者側の注意・指導の経緯・程度とその後の改善状況等によりますが、解雇が有効とされるのはかなり極端なケースと考えられます。
 私が担当した事件で、入社後5か月間で15日欠勤したことを(成績不良とともに)解雇理由とされたことがありましたが、欠勤はすべて持病がある労働者の体調不良が理由で電話やメールで連絡していたと反論したところ、裁判所は使用者の主張を気にもせず解雇無効の心証を示し、勝訴的和解をしたことがあります。

 業務命令違反については、その業務命令の内容と重要性、違反の態様によります。業務命令が違法なものであったり、業務に関係ないもので「業務命令」といえない場合は解雇無効ですが、そうでない場合、反抗的な態度をとり違反を繰り返しているような場合は裁判官の評価が厳しくなります。
 この類型では、特に配置転換命令の拒否が解雇につながりやすいですが、配置転換については裁判所は使用者の裁量を幅広く認める傾向にありますので、労働者側には苦しいところです。ただ、それもケース・バイ・ケースで、私が担当した事件でとある東証一部上場企業で上司に気に入られなかった労働者が試用期間満了後しばらくして退職勧奨を受け、断ったら遠方の現場に配転すると通告され、拒否したところ、配転命令違反で解雇されたことがありました。退職に追い込むための不当な動機による配転命令と思われましたが、会社が配転の辞令を出していなかったこともあり、証人尋問でも被告会社が辞令を出さないで配転を命じた前例はありますかと聞いたら、ないということで、裁判所は会社は配転命令を出していないから業務命令違反もないとして解雇無効の判決を出しました。一部上場企業がこんなずさんな解雇するかなぁと思いましたが、これもパターン化された思考ではなく個別事案の検討が大事だというよい例かと思います。

 普通解雇の一類型の「整理解雇」については、裁判例上、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、労働者側への説明など適正手続の4要件ないし4要素が考慮されます(法律の条項には規定はありません。また、これを明示した最高裁判例もありません)。
 これも時代と裁判所によりニュアンスはさまざまですが、労働者側弁護士から批判されてきた「4要素説」を前提に、人員削減の必要性が低い場合は他の要素特に解雇回避努力義務のハードルが高くなるととらえて整理解雇を無効とするトレンドが近年強まっているように、私は感じています。
 整理解雇といわれた場合、特に非公開会社では決算書類(上場会社では公開されているからいいのですが)、整理解雇を言いつつ労働者の募集をしているときにはその募集広告、社内で配布されたリストラに関する説明資料等を労働者側で収集しておいてくれると有利に展開しやすいと思います。

解雇権濫用の評価基準(懲戒解雇)

 懲戒解雇については最高裁判例上、懲戒の種別と懲戒事由を就業規則で定めたうえで労働者に周知しておく必要があるとされています(フジ興産事件・最高裁2003年10月10日第二小法廷判決)。裁判例上「周知」の認定は使用者に極めて甘く、規定も通常「その他前各号に準ずる事由」などと定められていますので、これが効いてくる場面はほとんどありませんが、一応頭に置く必要があります。

 また懲戒解雇の場合は、解雇理由証明書にない理由を後で追加することには、裁判例上制約がありますので、原則として懲戒解雇の通知書や解雇理由証明書記載の事実(あとはそれと同種・同類型の事実)を検討すれば足りるということになります。

 労働契約法(第15条)は、懲戒解雇の有効性について、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定めています。これも、普通解雇の場合と同様、かなり抽象的で、解釈は過去の裁判例と実務感覚によることになります。

 業務上の犯罪、特に会社の金の横領や窃盗については、裁判所は金額の多寡を問わず(つまり少額でも)解雇を有効とする傾向にあります。会社がその事実を知っていたがより軽い処分(譴責:けんせき=注意など)にとどめていたとか黙認していたのにその後長期間たって解雇したというような場合や、ほぼ同じことをした労働者がより軽い処分を受けているというような場合は、解雇が無効とされることもありますが。
 経費の水増し請求も意識的に繰り返し行われたものに対しては厳しい傾向にあると考えるべきでしょう。労働者が水増し請求によって得た金銭を他の営業上必要な費用に充てていて個人的な利益を得ていないというような場合は、解雇が無効とされることもあり得ます(それでも、使用者に虚偽の申告をしてある意味でお金をだまし取っているわけですから、営業上の費用に充てていればそれだけで当然に解雇無効となるとまでは言えません)。
 手当(住宅手当、通勤手当、家族手当、単身赴任手当など)の不正請求も、最初から不正請求の意図があって虚偽の申告をしていたり、偽装工作をしているような場合、不正請求の期間が長く金額も大きいとかなり厳しく考えられます。当初は適切な受給であったものが事情の変更で受給要件を満たさなくなって、その変更の申請をしないという場合、積極的に虚偽の申告はしていないということもあり、意図的に隠してはいないと評価できるような場合は、不正受給期間が長くなり金額が大きくても、解雇は重すぎるということで解雇無効となることもあり得ます。

 暴力行為についても、特に上司に対する暴力行為については裁判所は厳しい判断を示す傾向にありますが、行為から相当期間が経過した後の懲戒解雇(事案は諭旨退職)については、処分時点で長期間の経過により社内秩序は回復しており解雇を必要とする状況になかったとして解雇は無効とされています(ネスレジャパンホールディング事件・最高裁2006年10月6日第二小法廷判決)。

 経歴詐称については、その経歴が使用者にとって重要なものか、採用時に質問しているか、それに対して虚偽の回答をしたのかなどが検討されることになります。採用時に質問もしていないということならば、黙っていることは労働者を責められませんし、そもそもそれが使用者にとって重要なのかが疑われます。

 兼業については、使用者との業務の競合があるか、兼業により労務提供に影響があるかなどを検討して、使用者の業務への影響がないかほとんどないという場合は、解雇の相当性を欠くということになります。

 業務外の犯罪については、さらに注意が必要です。使用者の懲戒権は、労働者の犯罪や反道徳的行為を罰するためではなく、使用者の企業秩序の維持を目的とするものです。ですから、使用者の業務や名誉・信用に影響しない行為は、たとえ犯罪であっても懲戒事由になりません。
 私が担当した事件でも児童ポルノ提供罪で逮捕され罰金刑を受け社名報道がなかった事例で懲戒解雇は1審・2審とも無効とされ無事復職させましたし、児童買春で逮捕され罰金刑を受け新聞のベタ記事で社名報道があった事例では、最終的に労働者がよりいい就職先に就職し復職意欲をなくしたため金銭和解しましたが裁判官は労働者勝訴の心証を示していました。
 ケース・バイ・ケースですが、業務外の犯罪で社名報道がなく(あってもベタ記事程度)罰金刑で前科や懲戒歴がなければ、懲戒解雇が無効になる可能性がけっこうあると思います。


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