ジャン=バルジャンのケースを題材に刑事弁護を考える
どうして悪い人を弁護するのですか
これは弁護士にとって答えることがとても難しい質問です。後で具体例を挙げて詳しく説明しますが、あえて一言で言えば、真実を明らかにしたりそれを評価して適切な刑罰を判断することは簡単ではなくて、人間が正しい判断に近づくためには、訴える側の専門家(検察官)とともに訴えられた側の専門家(弁護人)が必要だということを人間は歴史の中で教訓として学んだのだということです。
この質問に対して、訴えられた人(被告人)が犯人かどうかはわからないというのが、多くの弁護士の答です。確かに訴えられた人が「自分は無実だ」と言っている事件ではそういうことになります。
しかし、実際に弁護士として受ける事件では、訴えられた人が「確かにやった」と自分で言っていることの方が多いのが実情です。
訴えられた人が現実に犯罪を犯している場合でも、事件に関する様々な事実関係や訴えられた人に関する様々な事実が、刑罰を決めるために重要な役割を果たします。例えば、同じ殺人でも、被害者から悪口を言われてかっとなって殺してしまったような場合懲役8年とか10年とかいうことが多い(いや、「かつては多かった」というべきでしょうね。最近は量刑相場がどんどん厳しくなっていますから)のですが、お金を取るために殺したような場合は死刑や無期懲役(厳密には終身刑ではありませんが終身刑に近いもの)になることが多いのです。
こういう事実は黙っていても裁判に出てくるわけではなくて、証拠書類や証人の証言という形で裁判所に出さなければなりません。このようにして事実を裁判に出すことを立証といいますが、こういう事実の立証や出てきた事実をどう評価するかということが、実際の裁判ではとても重要なのです。
その事実の立証や評価のために、検察官も弁護人も一所懸命に活動するのです。
抽象的に言ってもわかりにくいので、具体例で見ていきましょう。
ここでは題材として、みなさんがたぶん一度はどこかで読んだことがある「ああ無情」( レ・ミゼラブル Les Miserables )のジャン=バルジャンが2度目の裁判を受けた時のケースを用います。
次の段落で「ああ無情」の中から関係しそうな事実を要約し、その事実が裁判で立証されているとした場合に、検察官がどのような意見を述べ、弁護人がどのような意見を述べるかを試しにやってみます。もちろん、実際の裁判ならもっと細かく事実が立証されますから、検察官や弁護人の意見ももっと詳しくなりますし、法律用語が使われます。ここでは、比較的短く、わかりやすい言い回しでやってみました。
次の段落のケースを読んだ段階でみなさんならジャン=バルジャンの犯罪をどう評価するでしょうか。それはその次の検察官の意見を読んだ後どう影響されるでしょうか。弁護人の意見を読んだ後どう影響されるでしょうか。検察官と弁護人の意見をどちらも読んだ後で考えることは最初にケースを読んだ時と同じでしょうか。
事件の内容:ジャン=バルジャンのケース
ジャン=バルジャンは植木職人でしたが、25歳の時、姉と7人の子(ジャン=バルジャンにはおいとめいに当たる)のめんどうを見なければならなくなりました。1795年暮れ、冬は仕事がなく、子どもたちに食べさせるパンも買えなくなって、パン屋のガラス戸をたたき割りパン1切れを盗もうとして捕まりました。この罪と禁猟区で狩りをしたことであわせて5年の刑を宣告されました。その後4回脱獄をして捕まり、そのたびに刑が延びて1815年10月に19年ぶりに刑務所を出ました。
しかし、たどり着いた町ではジャン=バルジャン(このとき46歳)の出所が知れ渡っていて、宿屋も泊めてくれません。3軒で断られた末、ミリエル司教(75歳)の館を訪ねました。ミリエル司教は、ジャン=バルジャンの話を聞いて事情を知りましたが、3人で食事のするのに銀の食器6人分を並べてジャン=バルジャンと食事を共にし、司教館の礼拝所に泊めることにしました。司教館の礼拝所に出入りするには司教の寝室を通らなければなりませんでした。
ジャン=バルジャンは、その夜午前3時過ぎ、先のとがった鉄の燭台を持って鍵のかかっていない司教の寝室に入りました。ドアを開ける時金具の音が響き、ジャン=バルジャンはビックリして立ちつくしましたが、誰も起きてきませんでした。その後ジャン=バルジャンは司教の枕元の鍵のかかっていない戸棚から銀の食器6枚と銀のスプーン1本を盗み、窓から部屋を出て庭を突っ切り、塀を乗り越えて逃げました。
ジャン=バルジャンは、すぐに憲兵に捕まり、銀の食器はミリエル司教にもらったと言い訳したためミリエル司教のところに連れてこられました。ミリエル司教は、ジャン=バルジャンの姿を見るとすぐに、銀の食器と一緒に銀の燭台もあげたのにどうして持っていかなかったのかと言いました。ミリエル司教の言葉を聞いて憲兵はジャン=バルジャンを放しました。驚くジャン=バルジャンにミリエル司教は、この食器を正直な人間になるために役立たせるようにと伝えました。
その日の夕方、ジャン=バルジャンは野原で物思いにふけっていました。そこへ10歳くらいの少年プチ=ジェルベが銀貨や銅貨を放り投げて手の甲で受けながら歩いてきました。プチ=ジェルベの受けとめそこねた銀貨が1枚、ジャン=バルジャンの足元に転がってきました。ジャン=バルジャンはその銀貨を踏みつけました。プチ=ジェルベはジャン=バルジャンに銀貨を返すように言い、ジャン=バルジャンが黙っているので襟をつかんで揺すぶったり足をどかそうとしました。ジャン=バルジャンはまだ考え込んでいましたが、少年がしつこいので、さっさと消えろと大声で怒鳴りました。これを聞いてプチ=ジェルベは怖くなって逃げ出しました。プチ=ジェルベが逃げた後、ジャン=バルジャンはプチ=ジェルベの銀貨を返そうと追いかけましたが、プチ=ジェルベを見つけることはできませんでした。
その後、ジャン=バルジャンは改心してマドレーヌと名を改め、一所懸命に働き、貧しい人々を助け、モントルイユの市長に選ばれました。市長になってからも貧しい人々を助け続けていましたが、ジャン=バルジャンを追い続けるジャベール警部が1823年2月に別人をジャン=バルジャンと間違えて逮捕して裁判が行われることになりました。ジャン=バルジャンは、別人がジャン=バルジャンと間違えられて終身刑の求刑を受けるのを見て耐えきれずに、自分がジャン=バルジャンだと名乗り、逮捕され、1823年7月に裁判が行われることになりました。
論告:検察官の意見
ジャン=バルジャンは、たびたび罪を犯して19年間も刑務所にいて、社会に戻るまでに十分に反省して心を改めなければならなかったのです。ところがジャン=バルジャンは刑務所を出てわずか数日のうちに立て続けに2件もの犯罪を繰り返したのです。しかもその犯罪は、つつましく生活している75歳の老人から高価な銀の食器を奪い、10歳の少年からなけなしの銀貨を奪ったものです。ジャン=バルジャンの犯罪は、自分より弱い老人や年少者から貴重な財産を奪ったという極めて卑怯なものです。被害者ミリエル司教はジャン=バルジャンの事情を聞いて救いの手をさしのべたところを恩をあだで返されました。それにもかかわらずミリエル司教がかばってくれたのですから、少なくともそこで改心すべきであったのに、なんとジャン=バルジャンはその日のうちにさらに犯罪を重ねたのです。ジャン=バルジャンは2度にわたってミリエル司教を裏切って犯罪を犯したのです。その第2の犯罪の被害者プチ=ジェルベもたまたま通りがかっただけで何の落ち度もないのに被害にあったものです。
ミリエル司教に対する犯罪は、極めて悪質なものです。ジャン=バルジャンは深夜に司教が寝ている部屋に忍び込み銀の食器を奪いました。途中ドアを開ける時に音を立てても、ジャン=バルジャンは逃げ出すことなく、犯罪を実行を続けました。これはジャン=バルジャンが強い意志を持って犯罪を犯したことを示しています。そしてジャン=バルジャンはその際に先のとがった鉄の燭台を持っていきました。いったい何のためでしょうか。もしも途中で司教が目覚めたら司教を殺すためとしか考えられません。たまたま司教が目覚めなかったので無事に終わりましたが、ジャン=バルジャンの犯罪は、強盗殺人にもなりかねないとても危険なものでした。たとえ司教が個人的には許しても、このような危険な犯罪は、社会を守るためには、見過ごしたり軽く評価してはいけません。
ジャン=バルジャンは、犯罪を重ねた後、名を変え、世間を欺いてきました。今は市長になっていますが、その間ずっと市民を騙してきたのです。犯罪の後によいことをしたからといって、それで罪が軽くなるものではありません。
ジャン=バルジャンの犯罪がとても危険なものである上に、全く落ち度のない弱い者を狙った悪質なものであること、ジャン=バルジャンには悔い改める機会がたくさんあったのに自分で反省することなく犯罪を重ねたことを考えると、ジャン=バルジャンの罪は極めて重いと考えるべきです。
最終弁論:弁護人の意見
ジャン=バルジャンが現実に犯した罪を冷静に見れば、現実の被害は小さなものです。ミリエル司教から盗んだ銀の食器は確かに高価なものでしたが、ミリエル司教はそれをジャン=バルジャンにあげたと言っており、被害者自身が被害はないと述べています。プチ=ジェルベの銀貨も本人が空中に放り投げて遊んでいたことからわかるようにプチ=ジェルベにとってそれほどのお金ではありませんでした。それ以前のジャン=バルジャンが19年間も刑務所に入れられた犯罪も、実際の被害は、ガラスを割ったことと若干の獣の肉だけです。検察官は、そして世間の人々はジャン=バルジャンを大罪人のように言っていますが、ジャン=バルジャンがこれまで1度として人を傷つけたことがないことに注意してください。
検察官は悪質な犯罪だと言いましたが、ジャン=バルジャンの犯した罪はどれも計画したものではなく、その場の思いつきでつい犯してしまったものです。ミリエル司教については、刑務所を出ても犯罪者であるということが知れ渡って宿屋にさえ泊めてもらえず、今後どうやって生活したらいいか見通しが立たない追いつめられた気持ちになっていた時に、ミリエル司教が3人での食事に6人分の銀の食器を並べたのを深夜に思い出して、行ってしまったものです。検察官は強盗殺人にもなりかねないと言いましたが、もしミリエル司教が目覚めたとしても、ジャン=バルジャンは言葉で脅すことはあってもミリエル司教を傷つけることはなかったはずです。これまで1度も人を傷つけたことのないジャン=バルジャンが突然そのようなことをするとは思えません。プチ=ジェルベについては、ジャン=バルジャンが積極的に狙ったのではなく、ジャン=バルジャンが考え事をしていたところに足元に銀貨が転がってきたのです。ジャン=バルジャンがしたのはただその銀貨を踏んだこととあっちへ行けと怒鳴ったことだけです。
確かに、ジャン=バルジャンはミリエル司教に許された時に立ち直るべきでした。しかし、小さな罪とその後の脱獄のために19年もの間刑務所に入れられ、人の温かさというものに触れることができず、人を信じられなくなっていたジャン=バルジャンにとって立ち直ることはそんなに簡単なことではありませんでした。ジャン=バルジャンはその時、ミリエル司教に許されたことに驚いてとまどっていたのです。かき乱された気持ちでプチ=ジェルベに対する犯罪を犯してしまったのは、まさにジャン=バルジャンの弱さでした。しかし、それは多くの人間が持つ弱さでもありますし、しかもそれは一瞬のことでした。ジャン=バルジャンはプチ=ジェルベが立ち去ってすぐに誤りに気づき銀貨を返そうとしてプチ=ジェルベを探しました。プチ=ジェルベを見つけられなかったので銀貨は返せませんでしたが、その銀貨をジャン=バルジャンは今もなお大切に残しています。
そこからジャン=バルジャンは本当に反省し立ち直ったのです。その後7年間、ジャン=バルジャンは本当に立派に生きてきました。一所懸命に働き、貧しい人々を助けて、今では市長になっています。この裁判もジャン=バルジャンが自ら名乗り出たために行われていることに注意してください。ジャン=バルジャンは無実の別人に終身刑が求められているのを聞いて、その人のために自ら名乗り出たのです。名乗り出れば終身刑になる危険があるのに名乗り出ることは、どれほどの勇気がいることでしょう。ジャン=バルジャンはそれほどまでに十分に立派に立ち直っているのです。
貧しい人々を助けて一所懸命に働き、市長になっているジャン=バルジャンは、刑務所に入れなければ社会を守れないほど危険でしょうか。被害者自身が許している犯罪と被害者自身が空中に放り投げていた程度の銀貨しか実害がなかった犯罪は、その後7年間も何一つ犯罪を犯さず立派に生きてきたジャン=バルジャンを刑務所に入れなければならないほど重大でしょうか。ここでジャン=バルジャンを刑務所に入れることこそ、ミリエル司教の気持ちを無にしてしまうのではないでしょうか。
結論は?
みなさんはジャン=バルジャンに対してどうするのがよいと考えますか。
検察官の意見を読んだ後は、たぶん、相当重い処罰が必要だと感じたのではないでしょうか。弁護人の意見と合わせて読むことで、最初には気づかなかったことも見えてきたのではないでしょうか。もし弁護人がいなかったら、みなさんはジャン=バルジャンに今考えているのと同じ判断をできたでしょうか。
私は、別に検察官の意見が間違っていると言うつもりはありません。検察官の意見も弁護人の意見も1つの真実なのです。その両方を見た上で判断することで、より真実に迫った深みのある判断ができるということを言いたいのです。
ところでジャン=バルジャンはどうなるのか気になるかも知れませんね。「ああ無情」ではジャン=バルジャンは少しも自己弁護をせず、検察官が巧妙な弁論でジャン=バルジャンが盗賊団の一員だったとしたことから死刑の判決を受けましたが、上訴せず、その後恩赦で減刑されて無期懲役とされました(弁護人の活動についてはまったく触れられていません)。
今の日本ならどうでしょうか。このケースと同じく犯罪後7年たってからの判決ならば、執行猶予(すぐに刑務所には入れず、一定の期間犯罪を犯さなければ刑が取り消され刑務所に入らなくて済む制度)が可能ですし、おそらく執行猶予になるでしょう。起訴される前に弁護士が付いていれば検察官と交渉して起訴猶予(起訴しないこと)にできるかも知れません。しかし、もしジャン=バルジャンが犯罪を犯してすぐに捕まっていれば、刑務所を出てすぐのことですので法律上執行猶予は不可能です。裁判所は同じ種類の罪を再度犯した時は前の事件の判決より重くすることが多いので、弁護活動がよほどうまくいかないと5年を超える懲役になる可能性もあります。