第12章 尋問

1.淡杜証人

「淡杜さん、初めまして」
 証人申請をした被告側の主尋問を終えた淡杜さんに、玉澤先生が反対尋問の初めに話しかけ、淡杜証人はぎこちなく微笑んだ。
「私は労働者側の弁護士で、経営者や管理職とは違って、あなたのような一介の労働者をいじめることは好まない。できたら、素直に正直に答えて欲しい」
 陳述書どおり、梅野さんの誘いは執拗で自分ははっきりと断っていた、梅野さんの執拗な誘いにより大変困惑したと主尋問で答えていた淡杜さんは、主尋問への答えが正直でないと示唆されて警戒心を露わにした。
「淡杜さんは、一昨年の11月に梅野さんのアシスタントになる前は総務部に所属しておられたんですよね」
「そうです」
 玉澤先生が梅野さんに関すること以外から聞き始めたのに、淡杜さんは不審げな顔をした。
「異動になったのは、葭子さんが急遽異動になったのでその後任ということでしたね」
「そうです」
「異動は、武納さんのご指名だったのですか」
「人事の経緯は私にはわかりかねます」
「武納さんとはあなたが総務部のときから知り合いでしたか」
「面識はありました」
「面識だけですか?」
「どういうことです」
 淡杜さんは少し気色ばんだ。
「まぁ、いいでしょう。総務部所属のとき、あなたの指導役は誰でしたか」
「黄嶺さんです」
「黄嶺さんとは付き合いは長いのですか」
「はい、入社以来、今回の異動まで同じ部署で、業務全般についてご指導いただきました」
「あなたは悩み事があると黄嶺さんに相談していたのではないですか」
「相談したこともあります」
 淡杜さんの表情に警戒心が宿った。
「黄嶺さんの他には悩みを相談する相手はいましたか」
「特にいませんでした」
 淡杜さんはしばし考え、この質問がどこに行くのか警戒しながら答えた。
「あなたは梅野さんから食事に誘われたことを黄嶺さんに相談しましたか」
「していません」
「あなたは黄嶺さんと梅野さんが不倫していることは聞いていましたか」
「聞いていませんでした」
「では、あなたはなぜ悩み事を相談していた黄嶺さんに相談しなかったのでしょう」
「特に理由はありません」
「相談するほど悩んでいなかったのではないですか」
「そういうわけではありません」
「昨年の連休中の5月6日の夕方、あなたは黄嶺さんに相談ごとをしましたね」
「どうし・・・」
 淡杜さんが電撃を受けたようにびくりとし、絶句した。
「黄嶺さんに何を相談したんですか」
「異議!誤導です。証人は黄嶺さんに相談したとは証言していません」
 言葉が出ない淡杜さんを見て、橋江先生が叫んだ。
「証人の態度から、相談したことはもう明らかだと思いますけどね。いいでしょう。淡杜さん、答えてください。昨年5月6日の夕方、黄嶺さんに悩み事の相談をしましたね。
「・・・しました」
「もう一度、聞きます。黄嶺さんに何を相談したんですか」
「それは梅野さんには関係ありません」
「関係あるかどうかはあなたが判断することじゃないですよ。答えてください」
「言いたくありません」
「武納さんのことを相談したんですね」
「言いたくありません」
「後に提出する甲第17号証を示します」
 私は、立ち上がって、クリアファイルから1枚紙を3枚取りだし、1枚を裁判官に、1枚を橋江先生に手渡した。
「黄嶺さんと原告のSMSのやり取りです。昨年5月6日の午後7時36分に『相談終わった。淡杜泣いてたよ。武納ってひどいやつだ』というメールがあります」
「どうして事前提出しないんですか。今頃いきなり出して、卑怯じゃないですか」
 橋江先生が怒鳴った。証人尋問で証人に示す書証は相当期間前に提出しなければならないことになっている。ただし、証人の証言の信用性を争うための「弾劾証拠」は事前提出しなくてもかまわないとされている。
「これは弾劾証拠として使用するものです」
 私は、しれっと言った。
「わかりました。尋問を続けてください」
 亀菱裁判官が玉澤先生に質問を促した。私は、証言台に歩み寄り、淡杜さんに甲第17号証を突きつける。
「昨年5月6日の夕方、あなたは黄嶺さんに武納さんのことに関する悩みを相談したんですね」
「お願いです。もうやめてください」
 淡杜さんはボロボロと泣き崩れた。
「最初に言ったように、私はあなたをいじめたくはないんだ。あなたがどうしても言いたくない相談の中身は聞かずに最後の質問にするから、答えてください」
 玉澤先生から「最後」と言われて淡杜さんは目を上げた。
「あなたは悩み事の相談相手の黄嶺さんに梅野さんのことは相談しなかったが武納さんのことは相談した。武納さんとの間で梅野さんのことよりずっと深刻な悩みがあったんですね」
「はい」
「終わります」
 淡杜さんが仕方なく力なく答えたのと、橋江先生が立ち上がったのと、玉澤先生が尋問を終えて座ったのが、ほぼ同時だった。
「被告代理人、再主尋問ですか?」
 立ち上がった橋江先生に、亀菱裁判官は再主尋問をしたいから立ち上がったのかを確認した。再主尋問というのは、証人申請をした側が主尋問を行い、その後相手方が反対尋問を行ったあとに、申請者側がさらに聞きたいときに行う尋問だ。ふつうは、自分が申請した証人が反対尋問で崩されたときに、それをリカバーする目的で行う。
「いや、けっこうです」
 橋江弁護士は、立ち上がったものの、思いとどまって座った。
 亀菱裁判官は、補充尋問をするかどうか、しばらく考えていたが、結局、質問をせずに、淡杜証人の証言の終了を宣言した。

2.武納証人

「淡杜さんとの業務外の関係などありません。先ほどからそう言ってますでしょ」
 反対尋問で玉澤先生から淡杜さんとの関係を繰り返し聞かれた武納さんはいらだちながら答えた。淡杜さんの証言を傍聴席で聞いていた武納さんは、橋江先生の主尋問は、陳述書に沿って無難に答えたが、玉澤先生が反対尋問を始めると初めから身構え、興奮気味だった。
 証人尋問の際、証人は原則として他の証人の証言を聞かない、つまりその間法廷外の控え室にいるのが通例だ。しかし、相手方が在廷していてもかまわないという場合は、後で証言する証人も傍聴席で証言を聞くことができる。私たちは、今回、武納証人は淡杜証人の証言中在廷してかまわないと亀菱裁判官に伝えた。それで、武納証人は、淡杜証人の証言を傍聴席で聞いていたのだ。
「淡杜さんと特別な関係にあったから、あなたは、梅野さんが淡杜さんを食事に誘ったことを許せなかったということはないですか」
「そんなことはありません。淡杜さんから困っていると相談を受けたから梅野さんに注意しただけです」
「淡杜さんから、どこで、相談されたんですか」
 武納さんは、虚を突かれて一瞬黙り込んだ。
「密会中じゃないですか」
 答えない武納さんに、玉澤先生がたたみかけた。
「社内ですよ。決まってるじゃないですか」
 武納さんが激高した。
「そう興奮しないでください。淡杜さんは梅野さんから誘われてもそれほど気にしていなかったのに、あなたが業務外の関係を利用して圧力をかけて、困っていると言わせたんじゃないですか」
「ちがいます。言いがかりです」
「あなたと淡杜さんの間に業務外の関係がないのなら、淡杜さんはなぜあなたのことについて黄嶺さんに相談したのでしょう」
「私は淡杜さんが黄嶺さんに相談したかもわかりません」
「それが人に言えないような内容でなかったら、なぜ淡杜さんは先ほど証言を拒否されたのでしょう」
「淡杜さんのことはわかりません」
「あなたと淡杜さんが、あなたのいうような関係なら、淡杜さんは先ほど、なぜあれほどまでに泣いていたのでしょう」
「わかりません。私には関係がないことだと思います」
「そうですか。そうおっしゃるならそう聞いておきましょう。次に原告の梅野さんに注意したときのことですが、梅野さんはあなたに対して『おまえ』と本当に言ったのですか」
「言いました。興奮して大きな声で言いました」
「大きな声で」
「はい」
「まわりには人はいましたか」
「はい、わりとたくさんいたと思います」
「たくさんいたところで大声を出したのなら、それを聞いて・・・」
 私は、玉澤先生の右手の甲にそっと左手を乗せて、アルフォンス・ミュシャ描くポスター「ジスモンダ」のサラ・ベルナールのような優しげな微笑みを浮かべて見上げた。それを見た玉澤先生は、なぜか、同じくミュシャのポスター「メディア」のように目を見開いた。


「ああ、今の質問はいいです」
 さらに私とアイコンタクトをした玉澤先生は、質問を続ける。
「先ほどの点に戻りますが、あなたは淡杜さんに、梅野さんの誘いが迷惑だったと言うように圧力をかけていませんか」
「そんなことはしていません」
「淡杜さんの陳述書作成に際して、あなたは、本当に、淡杜さんに梅野さんの誘いに困惑したと書くように圧力をかけていませんか」
 私は、机の上に置いてあったクリアファイルに手をかけ、武納さんに優しく微笑んだ。
「していません」
 武納さんの顔は、今日の尋問の中で一番引きつっていた。玉澤先生と私が微笑みを交わすと、武納さんは不安げな顔をした。
「反対尋問終わります」
 玉澤先生が座ると、武納さんは大きくため息をついた。
 亀菱裁判官は、補充尋問をするか、少し迷ったようだが、質問はせず、武納証人の証言を終わらせた。

3.原告本人

「あなたにとって黄嶺さんはどういう人ということになりますか」
 玉澤先生は、梅野さんの原告本人尋問の最初の10分をかけて、梅野さんにこれまでの仕事のやりがい、仕事にかける情熱を、いくつかの事例を挙げてしゃべらせた。梅野さんは生き生きとそれを語った。それに続いて、10分にわたり、黄嶺さんとの関係が質問されている。玉澤先生は、梅野さんが黄嶺さんを愛し、気遣ってきたことを引き出してきた。尋問は中盤のまとめに入っている。
「大切な人です。私には妻子がいるのに、こういうことはいけないのだとは思いますが、四葉は、あ、いや黄嶺さんは私にとってかけがえのない人です」
「黄嶺さんが長らく着服をしてきたことについて、あなたは知らなかったということですが、あなたに責任があると思いますか」
「今では、私の責任だと思っています。今回、黄嶺さんが実家に仕送りを続けていて、その中で私とのデートの費用をほとんど負担して、お金に困っていたことを知りました。私は、黄嶺さんがそんなにお金に困っていることに気がつきませんでした。四葉の、いや、ごめんなさい。黄嶺さんの苦しみに気づいてやれなかった私に、責任があると思います」
 あ~あ、言っちゃったよ。玉澤先生は、そういう含みで聞いたみたいだけど、責任があるって言葉を言わせるのはリスキーだよ。
 残りの10分で、玉澤先生は、葭子さんのこと、淡杜さんのこと、武納さんへの暴言のこと、交通費請求のことを簡単に聞き、社長への手紙について行きすぎだったと梅野さんに頭を下げさせた。
「今日の尋問が終わると、後は最終準備書面を書いて判決ということになります。最後に、裁判官にお話ししておきたいことがあればどうぞ」
「はい。これまでお話ししましたように、私にも反省すべき点は多々あると思いますが、解雇は納得できません。私はこれまで忍瓜商会でやってきた仕事に誇りを持っていますし生きがいを感じています。是非、もう一度、その仕事に戻りたいと思っています。よろしくお願いします」

 橋江先生の反対尋問は、陳述書の細部についてほじくり返し、言った言わないの押し問答をし、黄嶺さんとのデートの詳細を問い詰め、挙げ句の果てはそのときの交通費も会社に請求しているのではないかと言い立てて空振りに終わった。主尋問を聞いていたのだろうか、とも思う。まぁ、陳述書に書かれていることはほとんど聞かずに梅野さんの仕事への熱意と黄嶺さんへの思いやりを描くことを主眼とした玉澤先生の主尋問には、事前に準備ができなかったのではあろうが。

「裁判所からも聞いておきたいことがあります」
 橋江先生の反対尋問が終わり、玉澤先生に再主尋問の有無を確かめた後、亀菱裁判官が補充尋問を始めた。
「梅野さんは、アジア各地での繊維製品の買付の業務に熱意と誇りを持って取り組んでこられたということですが、判決で勝訴して復職できた場合でも、使用者には人事権がありますから、別の部署で別の仕事を与えられるかも知れません。それでも被告での業務を続けられますか」
「私としては、これまでやってきた業務がベストですが、その仕事も会社で配属されて始めた仕事で、一生懸命やっているうちにそのよさがわかってきました。もし別の業務を割り当てられたとしても、最初からうまくいくかはわかりませんが、誠実に取り組みたいと思います」
「それから、梅野さんの社長への直訴状には、社長さんも不快感を持ったということです。どこに異動になっても社長さんは同じです。人間関係は、もちろん、馬が合う合わない、好き嫌いはあるでしょうけど、そこは抑えていかないといけないと思います。そういうことについては、今、どうお考えですか」
「はい。私は、今回、解雇され、その過程でいろいろと考えさせられ、敬意と感謝が大事だと思い知らされました。まわりの人に敬意と感謝をもって接するように努めたいと思います」
「そうですか。双方、よろしいですか」
 亀菱裁判官は、原告側と被告側に目をやり、橋江先生が首を振り、私たちが頭を下げるのを見て、原告本人尋問の終了を宣言した。
「さて、この事件は、最終準備書面を書かれますよね」
「はい、書きます」
 玉澤先生が答える。玉澤先生は判決をもらうときは、よほどのことがない限り、最終準備書面を提出する。
「調書ができるのが3週間後、4月24日として、そこから1か月後でいいでしょうか」
 亀菱裁判官は、書記官に調書ができる時期を確認して、言った。橋江先生も玉澤先生もそれでけっこうですと述べた。
「では、最終準備書面の提出期限は5月25日とします。弁論終結の期日ですが、5月29日午前10時でよろしいですか」
 双方がスケジュールを確認し、次回口頭弁論期日が指定された。
「では、本日の口頭弁論を終わります。この後、予定していたとおり、上で最後に和解の話をもう一度しますので、13階の書記官室まで来てください」
 亀菱裁判官が退廷し、私たちは事件記録を片付けて法廷を出て13階に向かった。

4.人形遣い

「尋問のできはどう評価されますか」
 書記官が、まずは被告から話を聞くそうですと呼びに来て、橋江先生と、傍聴していた被告の専務が部屋に入った後、廊下で待っているとき、私は玉澤先生に聞いた。
「原告本人尋問のことなら、うまくいったと思うよ。梅野さんは、事務所で聞いたときよりもさらに熱意と誠意がにじみ出ている感じだった。最後に裁判官が、復職できたときにはどうだという話を聞いているんだし、勝訴の心証がさらに固まったとみるべきだろう」
「そうですか。ありがとうございます。うまくできたか心配だったんですが、ほっとしました」
 梅野さんが笑顔になる。
「私の質問はそこじゃなかったんですが、原告本人尋問については、黄嶺さんの着服に対して梅野さんが責任があるって言わせるの、リスキーだと思ったんですが、玉澤先生はどうお考えだったんでしょう」
「梅野さんが実際そう思っているんだから、嘘を言うことはない。それに言葉尻では、そうも言えるが、着服は知らなかったという事実は押さえた上で、気がつかなかったことには責任がある、黄嶺さんを大切に思っていたのにそれに気がつかなかった自分が悪いという方が、人間として誠意があるだろう。ましてや狩野さんが仕組んだように武納さんの不誠実さを際立てた後なんだ。梅野さんの誠実さを印象づける方が正解だろう」
「私が仕組んだ、は、人聞きが悪いですねぇ」
「狩野さんが仕組んだが気に入らなければ、狩野さんの注文どおり、かな。淡杜さんと武納さんの尋問について聞かれてるのなら、私は猿回しの猿の気持ちだな。今回の尋問の台本はすべて狩野さんが書いて、私はそれを演じただけだ」
 玉澤先生は、最後は梅野さんに向けて解説した。


「えっ、狩野先生が筋書きを書いたんですか。私はてっきり玉澤先生の方針だと」
「私がこの事件でふつうにやれば、淡杜さんには武納さんと愛人関係にあったことを示して、あとは、だから梅野さんの誘いを断ったもののそれを武納さんに知られてしまったときに、迷惑だと言わないと武納さんの不興を買うのでオーバーに言わざるを得なかった、武納さんは嫉妬心から過剰に評価したということだろうから、それがうかがえるように聞いていけばいいというところだと思う。梅野さんは、武納さんが淡杜さんに迷惑だったと書くように無理強いしたというのだけど、それは推測でしかない。ところが、狩野さんは、淡杜さんが忖度してオーバーに言ったという筋書きよりも武納さんが嘘と知りつつ無理強いしたという線を狙いたいって言うんだ」
「先生だって、淡杜さんを悪者にするよりも、武納さんをターゲットにしたかったんじゃないですか」
「そうは言っても、証拠もないし事案の筋としては、私にはちょっと無理があるように思えたんだがね。で、武納さんはたぶん何を聞いても認めないことが予想できる。それなら、淡杜さんには泣き崩れる被害者になってもらって、それを武納さんの面前で見せて、それでもなおすべてを否認する武納さんを鉄面皮の嘘つきに見せよう。そうすれば、武納さんが言うことすべてを裁判官は嘘と感じてくれるんじゃないかって言うんだ」
「あら、私は、玉澤先生の尋問にヒントを得て、アドバイスに従って、この事件について考え抜いただけですよ。泣かせる尋問と、まわりで人が泣いていても無表情で答える困ったちゃんに集まる非難の視線・・・」
「それとは大分違うと思うなぁ。私が被告人を泣かせる尋問をしたのは本人に人間らしい気持ちや犯罪を犯したことを後悔する気持ちがあることを引き出して本人に有利にするためだ。聞かれた者をいじめているわけじゃない。淡杜さんを泣かせるのは、私は気が進まなかったよ」
「相談の内容をこちらから暴露することだってできたんですよ。それを言わずにすんだんだから御の字でしょ」
「狩野先生・・・こえええ~」
「それに、武納さんの尋問では、武納さんに否認だけさせろって言って、否認できない質問をしようとすると、睨むんだよ」
「私、睨んでなんかいませんよ。優しく微笑んだのに」
「怒ってる女に微笑まれると、怖くないか」
 玉澤先生は、梅野さんに向けて言う。
「確かに、怖い」
(もう、女と敵対すると、男たちはすぐに同盟を組むんだから)
「怖いというのは、弁護士としては、お褒めの言葉と受け取っておきましょう」
 私は、玉澤先生を見つめ、微笑んだ。
「ああ、本当に強くなった、しぶとくなったと思ったよ。私の想定を超えて」
 玉澤先生は、てらいなく私を見つめた。玉澤先生に評価され、胸に喜びがこみ上げるのを感じた。
 女として、は、怖いと言われるのは、褒め言葉ではないだろう。ふつうは。しかし、たで食う虫も好き好きというように、世の中にはいろいろな男がいる。小学生の頃も、学生時代も終始玉澤先生をリードして、今もなお叱りつける六条さんを好み、玉澤先生を「たっちゃん」と呼び、命令する娘さんを溺愛しているように、玉澤先生は、怖い女を、自分を引きずり回す女を、実は好んでいると、今では、私は密かに見ている。この「怖い」微笑みで、いつか玉澤先生を魅了できる日が来るかも。私は、今回の尋問を控えて鏡の前で練習を続けた「謎めいた微笑み」を、再度玉澤先生に送った。

第13章 復活の日 に続く

 
 この作品は、フィクションであり、実在する人物・団体・事件とは関係ありません。
 写真は、イメージカットであり、本文とは関係ありません。

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