残業代請求訴訟の実情

 残業代請求の裁判は、細かく熾烈で長い闘いになりがちです。その実情は…

残業時間の認定

 労働者側が、請求期間の1日1日の出勤時刻と退勤時刻を特定して立証できれば(タイムカード、勤怠管理システムのデータのプリントアウトによる打刻時刻等を入手していたり、会社側から提出させるなど)、基本的には、その間は労働者が労働していたものと認められます。
 ただし、昼休み休憩等の休憩時間については、現実には休憩など取れなかったと主張しても、ごく例外的に強い拘束が認められる特殊事情があるなどの立証がない限り、認めてもらえず、機械的に1時間休憩したという計算になります。始業前の早出も、何かやるべき業務があって相当早い時刻に出勤した場合を除いて、30分程度早く出勤している程度では始業時刻までは業務をしていないとみなされることが多いです。
 使用者側からの、在社していたがサボっていたなどの主張は、個別に日を特定して具体的に立証されない限りは認められません。もっとも、近年はパソコンのインターネットアクセスログが提出されることも割とあり、それで業務時間中に業務に関係ないサイトを閲覧していたことなどが立証されるとアウトですが。
 使用者側から、残業をするには残業申請と残業承認が必要で、後日の修正もできる制度なのに修正していないのは在社しても残業していなかったものだとして、残業申請と残業承認があった場合(時間外勤務命令書があるとき)以外は残業代を支払う必要がないという主張がなされるときがあります。近年はパソコン上の勤怠管理システムで、業務開始と業務終了の打刻と残業申請・残業承認の記録が残される事例が増えています。こういう主張を認めた判決もありますが、東京地裁労働部の大勢を占める見解ではなく、現実の在社時間、勤怠管理システムで言えば業務開始打刻と業務終了打刻の間の時間分は、支払うべきという考えの方が大勢のようです。

使用者側の主張

 使用者側からは、在社しても仕事をしていなかった、遊んでいた、残業は命じていないなどの主張のほかには、管理監督者であり(深夜割増を除き)残業代を支払う必要はない、定額残業代の定めがある(その分は支払済み、定額残業代部分は残業代計算の1時間当たり賃金に含まれない)などの主張がよく(一つ覚えに)なされます。
 管理監督者については、実質的に経営者と一体的な立場にあると言えるような権限と責任がある(少なくとも一部門の長であることを求める判決もあります。他方、店長のような場合、会社全体についての権限が問題とされます)、出退勤の自由(使用者が一切管理しない)、地位に見合った報酬等の処遇の3点が検討され、たいていは管理監督者性がないとされます。
 固定残業代(定額残業代)の主張については、それが労働契約や就業規則などできちんと定められ労働者に説明されているのか、その手当の支給の実情や設けられた経緯からみて残業代として支払われていると考えられるか、その手当なり基本給のうち残業代に相当する部分が明確に区分できる形になっているのか、何時間分の残業代に相当するのか、本来の残業代がその額を超えたときには直ちに差額を払うことが定められているのか、現実にそういう運用がなされているのか等が問題となります。近年では、会社側が手当についての就業規則や雇用契約書の規程を慎重に定めるようになり、会社側の定額残業代の主張が認められるケースが増え、残業代請求では重要な問題となってきています。会社側の諸規定、入社時の説明、入社後の変更の場合は特にその経緯等をよく検討して対応することが必要です。

審理の実情

 東京地裁労働部の場合、残業代に限りませんが、双方に弁護士がついている事件は大部分は、第1回口頭弁論後直ちに「弁論準備手続」にして、法廷ではなく書記官室の脇の小部屋で裁判官と双方の弁護士がその場でやり取りします。その中で、上で述べているような事実認定(主として残業時間)と残業代計算方法、法的な主張を確認し、主張が大方出尽くしたところで、裁判所から和解勧告があり、概算で和解するというのが通常の流れになっています。
 残業代請求で本当に判決ということになると、細かいところに気を使って隅々までチェックすることになり、裁判官が判決を書きたがらず、弁護士側も、結論にほとんど影響しない細かい消耗する作業をする意味を感じないというところから、和解に落ち着いていく感じです。
 和解の場合、付加金はもちろんのこと、遅延損害金も加算しない額を基準に金額が決まるのがふつうです。


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