「こんにちは、母さん」(映画)を題材に懲戒解雇の裁判を考える

問題提起 

 映画「こんにちは、母さん」の中で、宮藤官九郎演ずる木部富幸が、上司の腕を掴み上司の腕が会議室のドアに挟まって上司が負傷し、それを理由に会社が懲戒解雇処分を決定したというエピソードが登場します。
 映画では、大泉洋演ずる神崎昭夫人事部長が反対し、木部も会社の最終決定に従い、裁判にはなりませんが、もし会社が懲戒解雇処分をして木部が争ったら(地位確認請求訴訟を提起したら)どうなるでしょうか。
 映画では、問題の場面の映像はなく、上司が救急隊員とともに病院に行く場面と、会議室で座り込んでいた木部が、自分が取り組んできたプロジェクトの発表なのに自分が呼ばれず抗議をした、上司が出て行けと言い、先に上司が自分を追い出そうとして押してきた、自分は上司の腕をつかんだだけだが、つかんでいた腕がドアに挟まったという趣旨の説明を神崎に対してする場面があるだけです。
 この木部の説明通りとすると、木部の攻撃的な加害行為はなく、上司が腕を負傷したのは単なる事故だということになって、懲戒解雇は無効となるでしょう。
 しかし、映画とは異なり、現実の世界、現実の裁判ではそう簡単には行きません。会社側から木部の説明とは異なる主張と証拠が、たぶんたくさん提出され、その上で裁判所が認定した事実を前提に、裁判所がこれが解雇に値するかを判断することになります。


事実認定について

1.上司の負傷の程度

 木部側(労働者側)の弁護士にとって一番気になるのは、上司の負傷の程度です。
 打撲とか擦過傷で全治2週間くらいまでならいいですが、骨折して全治3か月とか言われたら苦しい戦いになります。
 負傷の程度については医師の診断書が提出されて、それで認定するのがふつうです。
 カルテも出させたいところですが、病院が本人の同意書がないと提出しないのがふつうなので、会社との裁判では実際には出てこないことが多いと思います。

 

2.加害行為の態様

 会社側からは、木部の攻撃的な言動、暴行だけではなく上司への暴言があったとか、腕をつかむ前に胸ぐらをつかんだとか、場合によったら木部が上司を殴ったとか蹴ったとか木部が上司の腕をつかんでドアに挟んでドアを閉めたとか、木部の主張とは異なる加害行為が主張され、それに沿った被害者である上司や周囲にいた従業員の陳述書が提出されることが予想されます。
 このような場合、労働者側の弁護士としては、まずは客観的な証拠との矛盾を探して、それらの主張と陳述書を崩して行くことを考えます。会社側主張の加害行為の態様が診断書の記載と矛盾することもあります(そういうことも稀ではありません)。このケースは会議中のできごとですので、今どきは誰かが録音をしているはずですから、会社に録音を出せと求めてみるという手もあります。ビデオではないので録音だけで加害行為の態様を立証できるわけではないですが、関係者の発言、例えば木部が積極的な攻撃的な発言を続けているのか、上司が木部を追い出そうとしているのに対して主として防御的な発言をしているのか、まわりの者が止めに入っているか、誰を止めようとしてるかなどを見ることで、状況が相当程度判断できます。被害者本人が証人申請された段階で、被害者の反対尋問準備のために、カルテと被害者撮影の受傷箇所の写真を出せと求めることも考えられます。救急車を呼ぶような被害者が自分の負傷状況を撮影していないということは不自然と言っていいでしょう。被害者が提出拒否したら、反対尋問でその理由をたっぷり追及できます。
 陳述書の信用性については、それ以外に、陳述書同士の矛盾、陳述者の被害者・加害者との関係、特に加害者に対する感情、陳述者自身の性格などに基づく追及も可能です(ただし、基本は客観的証拠との矛盾です)。被害者が救急車を呼んだ事実も、負傷が軽い場合には、陳述者の属性(過大に反応する)として尋問材料にできるでしょう。

 

3.その他

 加害行為の際の被害者側の言動、加害行為の動機や加害行為に至る経緯などについても、同様に争われることがありますが、それについての対応は、加害行為の態様に関してと同じようになります。

 

評価(解雇の相当性)について

1.はじめに:懲戒解雇の目的と正当性

 企業の懲戒権は、企業の業務秩序の維持のために認められているものです。
 一般の方には誤解している方も多いですが、犯罪を犯した労働者への処罰や被害者保護のために認められているのではありません。このケースで会社が木部を懲戒するのは、木部が暴行なり傷害の罪を犯したからでも被害者である上司が木部の懲戒を求めているからでもありません。上司に対して暴力をふるう、とりわけ業務に際して暴力をふるう者を放置していては会社の業務秩序を保てず、従業員が安心して労働できないために業務に支障を生じるからです。
 そして、懲戒解雇は、労働者の行為による業務上の支障が相当程度大きいときでなければ無効となります(業務上の支障が大きくないときは、より軽い懲戒処分、譴責とか減給とか出勤停止などで対応すべきことになります)。

 

2.考慮すべき事項

 このケースでは、主要な考慮事項は、上司の負傷の程度と木部の加害行為の態様(積極的な加害行為があったのか、加害を意図していたのか、加害行為の回数、継続時間等)、木部の暴言の有無とその程度、木部の言動の動機とそこに至る経緯というあたりでしょう。
 加害行為から数か月とかそれ以上経ってからの解雇の場合は、加害行為について当時どのように扱われたか、何らかの処分・注意等がなされたか、その後その加害行為の影響が継続しているのか期間の経過により影響はなくなっているのかなども考慮されます。

 

3.現実的な見通し

 証拠を検討した結果、上司の負傷が重傷であるか、軽症で済んだけれども加害行為の危険性が高い(意図的に腕をドアに挟んだ上で強くドアを閉めたという認定の場合には一種の「凶器を用いた」という評価もあり得ないではない)場合で、木部が攻撃的な発言を続けているというようなときには、裁判所が懲戒解雇を有効とすることも考えられます。
 意図的な危険な加害行為がなく上司の負傷が軽症である場合は、仮に上司の被害感情が強くても、懲戒解雇は無効と判断されるでしょう。
 攻撃的な言動の認定評価に際しては、加害に際しての被害者側の言動(被害者側も加害行為をしているとか挑発的な言動をしているとか)、木部が業務を奪われ自分の担当のプロジェクトの発表にも呼ばれなかったという経緯もある程度合わせて判断されることになります。微妙な場合には、そういうことも生きてきますし、加害行為後の反省の程度や、それまでに懲戒歴や問題行動がなかったということも考慮されるでしょう。

 

まとめ

 現実に解雇の有効無効が裁判で争われるとき、抽象的な理論で片が付くのではなく、会社側が主張する事実と提出してくる証拠に応じて、それにどう反論し証拠をどう崩すかという作業があって初めて妥当な判断に至るのだということをご理解いただけたでしょうか。
 実際の裁判では、こんなにシンプルな解雇理由だけが主張されることはほとんどなく、会社側はやってしまった解雇を正当化するために後付けで多数の解雇理由を出し(ただし、普通解雇と違って懲戒解雇の場合は後付けができませんが)、裁判開始後に作ったものを含めて多数の証拠を提出して来ます。そういう事情で、民事裁判の中でも労働事件の裁判は長期化しています。
 このブログ記事が、民事裁判の実情を理解する一助となれば幸いです。


2023年09月03日