第3章 眠れない夜

1.眠れない夜

「たまピ~、今夜は眠らせないわよ」
「みっちゃん、それは私も望むところだ」
 六条さんが玉澤先生の上に覆い被さり、手慣れた様子でシャツのボタンを外して、玉澤先生の首筋にしゃぶりつく。


「ぶぎゃあ゛~~~~っ」
 まだ暗い部屋で、私は絶叫して起き上がった。
「はあ、はあ、はあ…」
 心臓が肋骨狭しと暴れている。ぐっしょり寝汗もかいていた。
「ちょっと、静かにしてよ」
 隣の部屋の住人が、ドアを叩いて文句を言った。
「すみません。悪夢にうなされて」
 私は、慌ててドアを少し開け、平謝りした。
「悪夢って?」
「夜の道を不審な男に追いかけられて、必死で逃げ続けたんですが、ついに追いつかれるとチェーンソーを首に当てられて・・・」
 さすがに本当のことは言えず、私はそれらしい悪夢をでっち上げた。
「そう、それはお気の毒ね」
 隣人は怒りを鎮め、部屋に戻った。
「ふう」
 私はドアを閉めて、ドアにもたれかかり、ため息をついてドアの鍵をかけた。濡れた部屋着が背中に張り付き、心臓はまだ高鳴っている。1つ2つと深呼吸してからベッドに座り込み、時計を見ると午前2時半。草木も眠る丑三つ時に私の絶叫でたたき起こされた隣人はさぞ迷惑だろう。ふだんから、週末にはときどき美咲と2人して酩酊して深夜に声高に騒いで迷惑をかけているのだし。今度、休日にでも、手土産を持って、きちんとお詫びに行こう。

 あの日以来、私は六条さんと目を合わせられないでいる。中断された玉澤先生と六条さんの過去の話を知りたい気持ちと知るのが怖い気持ちが錯綜している。玉澤先生がいないときに目を合わせたら、私はきっと我慢できずに聞いてしまうだろう。そして、六条さんがそれに答えたら、私はもっと落ち込むに違いないと思う。
 夜になると、玉澤先生と六条さんが絡み合うシーンが頭をよぎり、悶々としてしまう。六条さんは、はっきり過去のことだと言ったではないか。今は家庭を壊すようなことはするつもりはないとも。自分にそう言い聞かせても、それでも2人の過去にさえ嫉妬してしまう自分が情けない。
 で、眠ると、この悪夢だ。今日は、早い段階で跳ね起きたが、2人の絡みがフルコース終わるまでしっかり見続けた挙げ句に目覚めたときなど、心身ともに打ちひしがれ、体に力が入らなくて起き上がることさえままならず、枕はぐしょぐしょに濡れていた。何かと言えば、泣き暮れて袖を濡らすことを詠う平安の歌人を、私は、大げさなと呆れていたが、今はその気持ちがわかる。たぶん。いくら「たおやめぶり」とは無縁の私でも、枕をずぶ濡れにしたのは、よだれではないはずだ。枕が、びしょびしょというよりは、ややベトベト感があったのは、少し気になるが・・・
 美咲に慰めてもらいたかったが、平日はもともと忙しいし、先週は金曜の夜も、外せない用事があると言われてしまった。
 眠れない夜を持て余し、意を決して判例雑誌を開いて判決文を読み進むうち、雑誌を抱いた状態で目覚める朝が続いていた。

2.方針は、本裁判?

「たくさん、ありますね。ちょっと預かって検討させていただきます」
 先週、勤務態度不良等を理由に解雇予告されたと相談に来た生木さんが、2度目の相談で持ってきたメールのプリントアウトを受け取り、玉澤先生はその束を私に預けた。
「さて、先週の打ち合わせで、考えられる選択肢と手続のあらかたは説明しましたが、その上で方針を確認させてください。まず、生木さんとしては、復職を希望されますか」
「復職したいと考えています」
「そうすると、基本的には裁判を起こすことになります。裁判で勝った場合でも、法的には労働者としての権利を有する地位、実質的には判決後の賃金の請求権ですが、それが認められるということで、復職そのものが認められるわけではありません。会社側が敗訴してもなお復職を拒否すれば、現実の復職は実現できずに、ただ、働かなくても賃金をもらい続けられるということになります。大企業というか、公的な性格を自覚している会社の場合、勝訴すればコンプライアンス、法令遵守なんて訳されていますが、まぁ裁判所が解雇無効と判断しているのだからそれに従いましょうということで復職できることがわりとあります。逆に小さな会社の場合、賃金を払い続けなければならないのなら、働かせた方がいいという判断で、復職させるということもあります。勝訴した場合でも、現実に復職できるかどうかは、そういうことにかかっているということを認識してください」
「会社側が復職を拒否して、現実には働かせてもらえない場合でも、給料は支払われるということなんですね」
「そういうことになります。理論的には定年まで、さらにいえば定年再雇用制度があればその後も」
「それなら、嫌になって折れてくるかもしれませんね」
「そう。あくまでも事実上の話ですが」

「会社側が復職に応じる場合、賃金等の労働条件を切り下げることは、基本的に許されず、解雇前の労働条件で復職することが原則です。しかし、会社には人事権があって、裁判所は人事については会社側の裁量を幅広く認める姿勢ですから、解雇前にもさまざまな人事異動がなされたのと同様に、復職に際して配置転換などの人事異動がなされることがあります。解雇後に裁判で決着がつくまでには時間がかかりますから、通常は後任の人が配置されていますし、会社側では、解雇前には何らかのトラブルがあって解雇したのだから、同じ部署よりは新たな部署に配置したいと考えることがままあります」
「裁判で勝って復職する場合でも、原職に復帰できるとは限らないということですか」
「そうですね。あからさまな見せしめの配置転換がなされたような場合は、その配置転換を新たに争うということになるでしょうけど、通常の人事異動でありうる範囲の配置転換なら争っても勝つことは難しいです。会社側も、解雇事件で負かされた相手の弁護士がついていることがわかっているので、そう露骨なことはやらないと思いますし」
「ある程度の人事異動は覚悟する必要があるということですね」
「労働組合が力を持っていて、その組合が支援してくれている事件だと、文字通りの原職復帰ということもそれなりに期待できますけどね。それから、職場の人間関係は、裁判をすることで、よくなることはまずありません。人間関係を改善してスムーズに働き続けられるように、復職した労働者自身も、努力する必要があります」
「裁判で勝って復職するにしても、労働者側で、一定の覚悟と努力が必要ということなんですね」
「そういうことです」

「私としては、基本的には復職したいと考えていますし、復職する場合は自分でもうまく仕事ができるように努力しようとは思いますが、先生から話があった人間関係についてかなり悪化しているところもあるので、条件によっては金銭解決でもいいというふうにも思っています」
「金銭解決する場合の水準はどれくらいを希望されますか」
「定年までの給料全額と言いたいところですが、それは無理でしょうから、5年分の給料くらいですかね」
「その水準は現実的にはかなり難しいですね。本訴でガンガン進めて裁判所が解雇無効の心証をはっきりさせて、そこで会社側が敗訴回避のためにどれくらい払う気になるかというところによります。いずれにしてもご希望がその水準であれば、労働審判という選択はありません」
 労働審判というのは、日本経団連などの使用者団体と連合などの労働者団体から推薦された労働審判員2人と裁判官1人の合計3人で判断を行う手続で、原則として3回までの期日で終了することになっている。申立人が出す申立書と証拠書類、相手方が出す答弁書と証拠書類を見て、双方が呼び出された審尋期日と呼ばれる期日で、裁判官らが出席者に直接質問をして心証をとり、それに基づいて調停を行う。調停がまとまらなければ心証に基づいて「審判」という決定が出される。審判に2週間異議が出なければ、審判が確定して判決と同じ効力が生じて、その内容に従わなければ強制執行ができる。審判に異議が出されれば、本裁判に移行する。現実には、7割程度が調停でまとまり、申立から平均して2か月半程度で終了している。本裁判に比べて早く結果が出るため人気がある。
 昨今は、ネットで調べて早期解決を求めて、最初から労働審判をしたいという相談者が少なくない。東京地裁での運用では、原則として第1回の審尋の1時間程度で、解雇事件なら解雇の有効・無効の心証をとる。そのためプロの立場から言わせてもらえば、主張がシンプルでわかりやすい側、証拠書類が多数ある側に有利に働き、やりとりをくり返して初めて有効な主張ができるとか証拠入手に裁判所の力が必要な場合は使えない。また、労働者側にとって解決金の水準は本裁判と比べると相当程度低くなる傾向にある。
「労働審判ではどれくらいならとれますか」
「担当する裁判官の価値観による部分が大きいですが、解雇無効の心証、つまり労働者勝訴の場合で、原則賃金6か月分という裁判官と原則1年分という裁判官がいる、というところですね。私は、金銭解決で賃金1年分以上を希望される方には労働審判はおすすめしていません。それから、労働審判の場合、裁判所も会社側も、労働審判を選択する以上、労働者側は復職一本槍ではなく金銭解決に応じるということだと受け止めますので、復職を強く希望する方にも、労働審判はおすすめしません」
「そうすると、私の場合は、当然に本裁判ということになるわけですね」
「そうです」

「ところで、生木さん、預貯金は今いくらありますか」
「どうしてですか」
「本裁判は、相手の出方にもよりますが、たいてい1年以上かかります。その間の生活のために賃金仮払いの仮処分を申し立てる必要があるか、仮処分をしないですぐに本訴でいいのかという判断のために、預貯金でどれくらいの期間生活できるかを伺いたいわけです。それと、弁護士費用について法テラスを使えるか、援助基準を満たしているかの判断のためですね」
「そういうことなら、預金で1年くらいは生活できますので、大丈夫です。ちなみに法テラスの代理援助はどういう条件で使えるのですか」
「解雇事件の場合、収入がなくなりますので、配偶者、つまり妻とか夫が、働いていないとかパートタイマーのような場合は、収入要件は基本的にクリアします。あとは資産要件で、本人と配偶者の預貯金等を合算して、単身者の場合は180万円以下、夫婦2人等なら250万円以下、3人家族で270万円以下、4人家族以上で300万円以下というのが要件となっています」
「なるほど、それ以上ありますから、法テラスは使えませんね」
「そうだとすると、本裁判の判決前にとりあえず会社に一定程度の生活費を払わせようという賃金仮払い仮処分は、する必要がないし、また申し立てても裁判所が認めてくれませんので、やらずに本裁判となります」

「あと、裁判の前に会社と交渉するかどうかですが、生木さんはまずは交渉してみることを希望されますか」
「交渉するメリットはどういうところにあるのですか?」
「もし交渉でまとまれば、早く解決できるということです。ただ交渉を申し込む以上、相手が検討中に裁判を起こすというわけにも行かないので、交渉が決裂すれば、交渉にかけた期間の分、裁判を起こすのが遅れて、結論が出るのもそれだけ遅くなってしまいます。交渉で復職の合意に至ることはほとんどありませんので、復職を強く希望する場合は、交渉はおすすめしていません。でも、本人がまず交渉してみて欲しいということであれば、やりますというところです」
「それなら、交渉はしないでさっさと裁判を起こしましょう」
「わかりました。生木さんの解雇の効力発生日まであと3週間あります。解雇の効力発生日前に起こすと裁判所に文句を言われますので、効力発生日の翌日提訴の予定で準備を進めましょう」
「お願いします」

3.別会社就職は御法度?

「それで、裁判中のことなのですが、失業保険は受給していいのですね」
 生木さんは質問を続けた。
「もちろんです。ハローワークに離職票を持って行って、裁判を起こす予定だと言うと、仮受給という手続で進めてくれます。裁判を起こしたところで、訴状の写しと受付票の写しを差し上げますので、それをハローワークに提出してください。仮受給は本受給と内容はまったく変わりません。ただ本受給の場合、失業認定のために求職活動をしないといけません。仮受給ならそれが免除されます。筋としては争う場合、仮受給ですが、本受給しても裁判上の不都合はありません」

「別会社に就職するのは問題ありますか」
「別会社に就職して、もう解雇された会社には戻りたくないということでしたら、地位確認の裁判、つまり解雇無効の裁判を何のためにやっているのかということになってしまいます。しかし、勝ったら辞めて戻るというお考えであれば問題はありません。裁判中に生活のために働くのは、当然のことといえます。正社員か非正規社員かも関係ありません。4の5の言う会社や、ときにはそういう裁判官もいますが、生活費を稼ぐために条件を選んでいられないのがふつうです。かえって正社員の方が、法的に言えば2週間の予告でいつでも辞められるのですから、復帰に都合がいいくらいです。ただ、勝訴したときに会社が支払を命じられる解雇時点以後の賃金、バックペイの額に関しては、別会社で働くと減額されるという点では影響します。しかし、解雇の有効・無効にはまったく関係ありません」
「わかりました。急がないと生活できないということはないですから、じっくり闘ってください」
「そう言っていただけるとありがたいです。しかし、私としては、できる限り早期に決着するよう努力するつもりです」

4.どう書きゃいいのよ、この訴状

「狩野さんなら、生木さんの事件の訴状はどう書くかな」
 生木さんが帰った後、玉澤先生が、私に話を振った。
「解雇事件の訴状ですから、当事者、労働契約の内容、解雇に至る経緯、会社側主張の解雇理由、解雇理由への反論、賃金の定め、まとめですかね」
「あんまりマニュアル思考にならない方がいいと思うよ。事件毎に、どう書けばそれを読んだ裁判官が解雇が不当だとすんなり思ってくれるかを考える癖をつけた方がいい」
「先生が書く訴状では、冒頭に、はじめにの項目を置いてこれはこういう事件だとアピールしていることが多いですね」
「それも、ケースバイケースで、複雑な請求のときはそうした方がいいし、前から読んでいってすんなり頭に入るケースでそういうことをやる必要もないと思う」
「生木さんのケースのように解雇理由がごちゃごちゃしている場合はどうすればいいですか」
「そうやってパターン化しようとする思考に、私は疑問を持っているんだけどね。このケースは、解雇理由がたくさんあって、同じ事実がダブっていたり前後関係が逆になっていたりするから、いきなり解雇理由を並べて、それに個別反論じゃ読みにくそうだね。それを考えると、関係する事実を先に時系列に沿って説明した方がいいだろうね。狩野さんがさっき言った解雇に至る経緯として、事実関係をこちらの視点で整理して提示しておくといいだろう」
「先生ならどういう構成で書きますか」
「私は、考えを寝かせておいて、書き始めたらわりと一気に書くし、その過程で構想を変えることも多いんで、この時点で決め打ちはしないさ」
「起案した原稿が、先生が構成から何から変えて原形をとどめなくなることが多くて、そういうときはやっぱり凹むんです。私、全然役に立ってないんじゃないかって」
「それはすまなかったね。私は、集中して書くぞというときに、こっちの方がいいと思いつくタイプなんだ。でも、その考えをまとめるときに、狩野さんの原稿があることでインスピレーションが沸くって面が確実にあるよ。私は、助かってるんだけどな」
「反面教師とか、他山の石ってことですか」
「いや、狩野さんの原稿がダメだっていうんじゃない。先に原稿があると、これよりもっと説得力がある原稿をどうしたら書けるかを考える手がかりになるんだ。岡目八目っていうところもあって、人の原稿があると、それよりいい方法っていうのが見えやすい。最初の原稿の水準が高ければ、それに合わせて、私はもっと水準の高い原稿を書ける。そう思えるんだ。狩野さんのプライドを傷つけているなら申し訳ない」
 私は、なおいじける気持ちにさいなまれていたが、どうやら玉澤先生に、まったくダメなやつだと評価されていたのではないことを知って、少し気を取り直した。
「ここのところ、狩野さんが元気がないから、ちょっと心配してたんだ。六条さんにも聞いてみたけど心当たりがないっていうし。そうか、そういうことで落ち込んでたのか。狩野さんを低く評価してるんじゃない。頼むから、そういうことで落ち込まないで欲しい」
(いや、先生、落ち込んでいたのは全然別の理由なんですけど)
 でも、玉澤先生がそう誤解してくれたのはラッキーだ。玉澤先生が男女の機微に鈍感というのに救われたというべきか。しかし、六条さんが心当たりがないって?本当に食えないタヌキ・・・私は心の声を押さえ込んで、笑顔を作った。
「わかりました。私の方では、今日預かった資料を読み込んで、1週間後をめどに訴状案を作成します」
 そうだ。六条さんの件で悩んでいる場合じゃない。私には私の仕事がある。玉澤先生の期待に応えなくちゃ。しっかりしろ、私。書面のレベルを落として玉澤先生に呆れられたら、元も子もないじゃないか。

「2時のお約束の布林さんがおいでです」
 大量のメールのプリントアウトに目を通しているうちに、ついうつらうつらしていた私は、六条さんの声で目覚めた。

5.不倫はノープロブレム、ですか?

「私、やっぱり会社辞めなきゃならないでしょうか」
 布林さんは、悩ましげに玉澤先生の方を見た。勤務先の同僚との不倫がバレて、上司からやんわりと辞めて欲しいと圧力をかけられているのだそうだ。
「辞めたいんですか?」
 玉澤先生は右手の人差し指をこめかみに当ててぽつりと聞く。
「辞めたら次の仕事の当てはあるんですか」
「辞めたくないです。仕事の当てなんかありません」
「それなら、辞めるなんてことは考えないことです。今どき、不倫くらいで解雇なんて、あり得ません」
「ほんとですか?」
「まぁ、正確に言えば、およそ認められる余地のない無茶な解雇をする無知で横暴な経営者が巷にあふれているから、会社が解雇するということがあり得ないわけではありません。しかし、そういう解雇は裁判をすれば無効になります」
「でも、裁判なんて」
「解雇されても裁判で闘えるという心づもりでいてくださいということです。そう簡単には解雇なんてできませんよ。会社も解雇しても争われたら負けると思っているから、布林さんが自分から辞めるように仕向けているんです。自分から辞めたら負けです。辞めたくないのなら、会社は解雇なんてできない、もし解雇されても裁判で勝てると自信を持って、会社側の圧力と闘ってください」
「そうですね。頑張ります。また心が折れそうになったら先生に相談に来ていいですか」
「もちろんです」
 布林さんは背筋を伸ばして帰って行った。来たときよりも足取りが軽く見える。

「先生は、不倫は悪くないと考えてるんですか」
「狩野さんは、児童買春で解雇された労働者の依頼は受けるべきではないと思う?」
(えっ、ここで何で児童買春の話題が?)
「怪訝そうな顔をしているね。児童買春でイメージがわかなければ、下着泥棒でもいいよ」
「えっ、先生は下着泥棒でも解雇するなっていうんですか」
「労働者が、『悪いこと』をしたとしても、それが会社の業務に支障を生じさせたのでなければ、会社にはそれを責める資格はないっていうことだよ」
「理屈はそうかもしれませんけど、気持ち的にスッキリしないものはありませんか」
「被害者を相手にするのならね。会社と労働者の闘いの場面では、私は、会社側の肩を持つ気にはならない。セクハラで解雇された労働者でも、まぁセクハラのケースは勘違いしてるスケベ親父が多くて辟易するけど、会社と闘う分には全然良心は痛まないさ」
「セクハラ加害者でもですか。先生は、私がセクハラされた場合でも加害者の依頼を受けますか」
「狩野さん。言葉の正確な意味で狩野さんにセクハラをするとしたら、加害者は私しかいないけど」
「あっ、そういう意味では・・・例えば、相談者が私のお尻を触ったらとか」
「狩野さんのお尻を触った依頼者がいたら・・・出入り禁止だな、そいつは」

ピンポ~ン♪
「3時に玉澤先生とお約束している宮脇です。相談を一緒に聞いてもらいたいので、先輩の四方さんも来てもらいました」
「四方です。事前の予告なく一緒に来てしまって申し訳ありません。私も同席させてください。よろしくお願いします」
「いらっしゃいませ。こちらの相談室にお入りください。今弁護士を呼んで参りますのでこちらに掛けてお待ちください」「玉澤先生、お客様です。宮脇さんが、お2人でいらっしゃいました」
 次の相談者の来訪で、不倫のことは聞きそびれたけれど、私のお尻を触った者は許さないと玉澤先生に言ってもらって、私はちょっとうれしかった。

第4章 暴かれた過去に続く



 この作品は、フィクションであり、実在する人物・団体・事件とは関係ありません。
 写真は、イメージカットであり、本文とは関係ありません。

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