労働審判

 いつでも労働審判がいいと思い込んでいませんか。

労働審判制度の概要

 民間の個々の労働者と使用者の間の紛争(労働組合と使用者の間の紛争や労働者と上司等の個人の間の紛争は含まれません)を解決する手続として、労働審判という制度があります。労働審判は、裁判官1人と労働者・使用者の団体から推薦された2人の労働審判員の3人の合議で行われ、原則として3回以内の期日で判断されるというものです。
 実績では約7割が調停成立で終了し、2割弱で審判が言い渡されその半分弱程度が異議なく終了して、合計8割弱程度が労働審判段階で解決しているということになります。
 労働審判は原則3回以内で、実績としても従前は平均2か月半程度で終了してきたことから、裁判より迅速な制度として知られ、相談者が最初から労働審判をやりたいといって来るケースも多くなっています(近年平均審理期間が次第に長くなってきています。2020年はコロナ禍の影響で107.5日という異常事態でした。2022年は90.3日とやや改善しましたが、なお平均で3か月かかっています)。しかし、労働審判が適切な事件とそうでない事件があり、請求する側(ほとんどの場合労働者側)が手続を選択することになるので、最初の段階でよく考える必要があります。

労働審判の申立

 労働審判は、相手方の住所、事業所、現に就業している場所、最後に就業していた場所のいずれかを管轄する地方裁判所に申立をします。現時点では、東京地裁立川支部、福岡地裁小倉支部、長野地裁松本支部、静岡地裁浜松支部、広島地裁福山支部の5つの支部以外は、支部では行っておらず、本庁に申立をします。
 申立書(もうしたてしょ)には、申立の趣旨(どういう内容の審判、つまり決定が欲しいのか)、申立の理由(事実関係)、予想される争点(相手方が何を問題にすることが予想されるか)、争点に関連する重要な事実(その争点についての申立人の主張)、それを裏付ける証拠、当事者間の交渉の経緯(申立前にどのような交渉がなされどのような解決の提案があったか)を記載することが求められます。そして申立書には証拠書類をつけて出します。申立人側で審尋期日(しんじんきじつ)の前に裁判所に書類を出す機会は、事実上申立書とそれに添付する証拠書類だけですから、これにできる限りのことを書いてしまうことになります。

申立から第1回審尋期日まで

 申立をすると、裁判所から申立人(の代理人の弁護士)に電話があり、第1回審尋の予定期日を調整して、相手方に申立書を送ります。第1回審尋期日は、申立から30日~40日程度のところに指定されます(これも、申立件数の増加、相手方からの変更申請等の事情で40日を超えるケースも増えています)。
 相手方は、申立書に対する認否反論を書いた答弁書(とうべんしょ)を、指定された日(第1回審尋期日の1週間程度前)までに裁判所と申立人(の代理人の弁護士)に提出するように求められます。答弁書も、申立書と同様に詳しく書くことが求められ、相手方にとっては審尋期日前に出せる書類は答弁書とそれに添付する証拠書類だけですから、けっこうな力作が出されます。
 申立人側は、第1回審尋期日の直前に、相手方から、けっこう長大な答弁書を受け取り、反論の準備をすることになります。これを書面(補充書面:ほじゅうしょめん)でするか、審尋期日に口頭でするかはケース・バイ・ケースですが、ちょっと悩ましいところです。どちらにしても第1回審尋期日の直前は日程を開けておいて打ち合わせを確保しておく必要があります。

第1回審尋期日とその後

 審尋期日には、申立人も必ず出席します。会社側は上司や人事担当者が来ることになります。
 審尋期日には、事前に出された書類に補足することを弁護士の方で簡単に述べるなどした後、審尋に入ります。審尋期日の持ち方は裁判官によって異なり、東京地裁では、弁護士に先にしゃべらせずに、いきなり裁判官からの質問が始まるケースが多いようです。審尋では裁判官や労働審判員から、出席した関係者に直接質問がされます。法廷での証人尋問のようにある人について一方が主尋問をして相手方が反対尋問をして、それから次の人というような段取りではなく、適宜質問が飛び交います。現実には、争点ごとに申立人に聞いて相手方に聞いて、次の争点でまた申立人に聞いて相手方に聞いてというような展開で、まず裁判官が聞きそこに労働審判員が聞いたり、代理人の弁護士が聞いたりというような形で話に入っていくような感じになります。そういうことをしながら、それぞれの争点について、事実はどちらの言い分が正しいのかの心証を取っていきます。その上で、関係者が一旦退席して、裁判官と労働審判員が合議し、早ければ第1回の審尋で、おおかたの心証が示され、調停案の方向とかさらには調停案そのものまで示されたりします。東京地裁の運用では、第1回の審尋で心証をとり調停案の提示まで行くのが原則になっています。
 調停案に双方が合意すれば、その内容で調停調書が作成され、これは判決と同じ効力が生じます(普通の裁判での和解と同じです)。
 どちらかが、あるいは双方が調停案を拒否すれば、審判(決定)がなされます。審判は、ほとんどの場合、裁判所が示した調停案と同じ内容となります。
 審判に対して不満のある場合は、2週間以内に異議の申立をし、異議申立があると自動的に通常の訴訟に移行します。異議には理由は要りません。ただ異議があると書けばいいだけです。

労働審判の選択

 さて、どういう場合に労働審判を選択すべきでしょうか。
 裁判所側からは、就業規則の不利益変更の事案とか、セクハラ・パワハラ、残業代などで事案が争われるときなどは、労働審判は適切でないというアナウンスがよくなされます。
 他方、依頼者からは、早く解決したいという意向で事件の内容に関係なく労働審判を申し立てたいという相談が多くなされます。
 私は、依頼者が希望する解決方法(例えば解雇で職場復帰を実現したいのか、金銭解決でいいのか)、金銭解決を希望する場合の水準、早期解決を希望するかを聞いて、それらの事情と、その事件が1回勝負になじむかを考慮して決めています。
 弁護士としては、依頼者が望む結果を出す(つまり実質勝訴する)ことが優先ですから、裁判所の感覚で労働審判になじむかどうかではなくて、1回勝負で自分の依頼者が有利かを当然に考えます。そこでは、自分の依頼者の主張がわかりやすいか、証拠がどれだけあるか、相手方の主張がきちんと予測できるかなどを考慮します。
 それらの事情を考慮して1回勝負では有利に展開できないとか、不安があり、期日が複数回ある方がいい事件と判断すれば別の手続を選択することになります。解雇事件であれば賃金仮払い仮処分が、東京地裁では労働審判同様ほぼ3か月で結論を得られる見込みがありますから、それが選択肢となります。また、東京では簡裁の労働調停に労働事件に精通した弁護士の調停委員が当てられる見込みがあるので、それも選択肢となり得ます。依頼者が、早期解決よりも解決水準を優先するなら通常裁判という選択も当然に考えられます。
 そういったことを考慮して、やみくもに何でも労働審判というのではなく、適切な手続を選択していくのが労働事件を扱う弁護士、特に労働者側の弁護士の役割かなと思っています。


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