民事裁判で何を請求できるか、イメージできますか?
民事裁判は契約や法律で定められた権利を実現するための制度ですから、基本的には、契約や法律で定められている権利を実現することを求めることができるということになります。
現実には、民事裁判のほとんどは、お金の支払を求めるものです。そのほかには、①土地や建物の登記(とうき)を求める裁判、例えば自分に所有権を移す登記を求めたり、抵当権(担保)の登記を消すように求めたりする裁判、②土地や建物の明け渡しを求める裁判、③(解雇が無効で)従業員としての地位があることの確認を求める裁判、④自分には負債(ふさい)がないことの確認を求める裁判などが比較的多く起こされています。家事事件では離婚を求める裁判や離婚に伴う財産分与請求や養育費請求、遺産分割の請求などが多く起こされていますし、行政裁判はほとんどが行政処分の取消請求の形で起こされます。
どんな裁判が多く起こされているか
民事裁判のイメージをつかむために、どのような裁判が現実に多く起こされているかを具体的に紹介しましょう。
公式統計の「司法統計年報」では、2023年中に地裁に提訴された民事第一審通常訴訟は全体で135,673件で、金銭請求が80,635件、建物を目的とする訴えが39,228件、土地を目的とする訴えが6,391件などとなっています。
司法統計年報の分類では、今ひとつイメージがつかめないので、それよりも少し分類が詳しい「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第10回)」(2023年7月28日発表)で2022年中に終了した地裁の第一審民事事件をみると、総数131,795件のうち、建物を目的とする事件(建物明渡請求等)が29,284件、各種(交通、医療以外の)損害賠償請求事件が23,012件、交通損害賠償請求が15,537件、土地を目的とする事件が6,068件、貸金請求が5,970件、労働金銭事件(賃金請求等)が2,680件、立替金請求が2,356件、建築請負代金請求が1,522件、金銭債権の存否の確認が1,276件、売買代金請求が1,182件となっています。ちなみに、家裁では婚姻関係事件(離婚等)が61,271件、「子の監護事件」(養育費請求、面会交流等)が36,210件、遺産分割事件が12,981件となっています。
統計の分類項目が適切かという問題はありますが、現在の通常民事事件では、地裁では、建物明渡請求、各種の損害賠償・交通損害賠償、貸金請求、土地の所有をめぐる請求といったところが多く起こされているということになりそうです。
法律や契約に定められた権利に基づく請求
現実によく起こされている裁判の紹介は簡単ですが、どういう請求が可能かを突き詰めると、なかなか説明は難しいものです。
最初に説明したように、裁判上現実的に可能な請求は、まずは法律や契約で定められた権利に基づくものです。
法律に基づく請求では、例えば囲繞地通行権(いにょうちつうこうけん)というものがあります。民法第210条は「他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者は、公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行できる。」と定めています(通行の場所及び方法は必要最小限とか、土地所有者に償金を支払う必要があるとかも定められ、分割によって行動に通じなくなった場合はその分割元の土地だけを通行できるとされていますが)。この権利に基づいて、隣地の所有者に対して通行妨害の禁止や通行権の確認を請求することができます。
貸金請求は、契約(金銭消費貸借契約)で、借りたお金をいつ返すと定めていることに基づいて、貸主が借主に対して借金の返済を求めるもので、典型的な契約に基づく請求です。
そういった法律や契約上の権利であることがはっきりとしている場合はわかりやすいですが、その判断が難しい/微妙な場合も多々あります。
例えば、民法第709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。これは「不法行為(ふほうこうい)」による損害賠償請求権を定めたものです。具体的にどのような場合が、この「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」ことになるのかの判断は簡単ではありません。過払い金請求の領域では、借主側の弁護士のチャレンジにより、貸金業者が借主(の代理人の弁護士)から取引履歴の請求を受けても保有している取引履歴を開示しないことが不法行為となるという判決(最高裁2005年7月19日第三小法廷判決)が勝ち取られましたし、私も取引履歴の開示遅延行為について「取引履歴の開示は社会通念上合理的な期間内になされるべきことは勿論であり、取引履歴がコンピュータ内にデータとして保存されている場合には、取引履歴開示請求の急増等の事情を考慮しても、取引履歴の開示請求から1か月程度で開示がなされてしかるべきであり、この期間を超えても取引履歴全部(被告が保有するものに限る。)の開示をしないことは、特段の事情のない限り、不法行為を構成するものと解するのが相当である。」という判決(東京高裁2009年5月27日判決、最高裁2009年10月16日第二小法廷決定で上告不受理)を勝ち取っています。労働事件の分野では、暴力行為を伴わない言葉によるパワーハラスメント(パワハラ)についても次第に不法行為と認められるラインは下がってきています(ただし、不法行為と認められても、通常は慰謝料の金額は数万円からせいぜい数十万円までで、弁護士費用を考えると赤字になり、提訴する価値があるといえるかが問題ですが)。
法律上、一定の行為が禁止されている場合、特にいわゆる取締法規(とりしまりほうき)、業法(ぎょうほう:事業者を行政が規制し監督するための法律)での禁止規定については、違反した場合の効果は行政指導や行政処分がなされうるということで、禁止行為をされた側に請求権があることにはならない(せいぜいそれが「違法」と評価されて不法行為による損害賠償請求の基礎となるに過ぎない)と言われることが多いです。そのあたり、法律家業界外の人にはわかりにくく、また違和感のあるところです。
労働事件の分野で言えば、例えば高年法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)は65歳未満の定年がある企業に対して65歳までの再雇用制度等を設けることを義務付けていますが、高年法の規定に違反して(無視して)制度を設けない企業について、行政が指導や勧告をできるというだけで、その企業で60歳定年で退職させられた労働者がその企業に再雇用を請求する権利はないと解されています(残念ながら多数のそういう裁判例が積みかさねられています)。
このあたりは、微妙なケースもあります。労働契約法第20条は有期契約労働者(契約社員)の労働条件について、有期契約であることによって無期契約労働者(正社員)と違いがある場合にその違いが「不合理と認められるものであってはならない。」と定めています。この違反があったときに、有期契約労働者の労働条件が無期契約労働者の労働条件と同じとされてその実現を請求できるか(賃金なら差額を請求できるか。これが認められる場合、法律学の業界では「直律効(ちょくりつこう)がある」と言います)、それとも不法行為として損害賠償請求ができるに過ぎないかについて、争いがあります。労働契約法第20条制定時の国会審議における政府答弁や労働契約法改正の施行通達では労働契約法第20条には直律効があるとしていますが、労働法学会の重鎮で裁判官への影響力がある菅野和夫東大名誉教授は直律効はないと主張しています。長澤運輸事件の一審の東京地裁判決(2016年5月13日判決)は直律効を認め、他の判決では直律効は否定されています。長澤運輸事件とハマキョウレックス事件の最高裁判決(どちらも2018年6月1日最高裁第二小法廷判決)で直律効が否定されたことによって実務的には決着がついたともいえますが、立法者意思と異なる実務運用というのもやや違和感が残ります。
法律や契約上明記されていない権利に基づく請求
法律の条文や契約書の文言上明確に規定されているとは言えないけれども、権利があると考えられ請求が認められるというものもあります。
例えば、原発の運転差止請求の根拠となっている「人格権(じんかくけん)」については、法律上それを定めた条文はありません(憲法第13条が根拠だ、とはいえますが)。しかし、住民の生命・健康に対する侵害の恐れがある場合に、住民の生命・健康の危険を生じさせる他者の行為の差止が認められるべきことは、裁判上疑われることもありません。人格権という権利が法律上規定がなく定義されていませんので、どのような権利が人格権に含まれうるのかははっきりとしませんが、少なくとも人が自分の生命・健康を維持する権利があることは疑いありません。人格権侵害の効果として差止が認められるということについても、もちろん直接の規定はありません。不法行為について原状回復を優先する法制度ではなく損害賠償を優先する法制度をとる日本で、人格権侵害については差止を認めることには理論的な疑問があるかもしれません。しかし、民法は「物(もの)」(不動産、動産)の「占有者(せんゆうしゃ)」(動産を所持したり、不動産を利用したりそこに居住している人)に「占有を妨害されたときは」「その妨害の停止及び損害の賠償を請求することができる。」(民法第198条)、「占有を妨害されるおそれがあるときは」「その妨害の予防又は損害賠償の担保を請求することができる。」(民法第199条)と定めています。物の占有者でさえ妨害排除請求(侵害行為の差止請求)ができるのですから、それよりもはるかに重要で侵害を許してはならない人格権で差止請求ができないはずがない、というのが法的な根拠になります。
こういった解釈で、請求可能な権利を広げていく余地はあり、現実に救済の必要性がある事案では、それが功を奏することもあります。
しかし、裁判官がそういった、法律の規定上明確でない権利を認めてくれるケースはそう多くはありません。事案によって、弁護士として頭を悩ませるテーマではありますが、現実問題として被害が深刻でないケースでこじ付け的な主張をして認められることはまずないというべきでしょう。
契約などに明記されていても無理な場合
契約等で明確に定めている場合でも、請求権が認められない場合もあります。
一つは法律の規定に反している場合です。法律の規定には、その規定に違反した場合に契約等が無効になるもの(法律家業界では「強行規定(きょうこうきてい)」と呼んでいます)と、契約等で定めていない場合にその規定が適用され契約等で別の内容が定められた場合は契約等の規定が優先されるもの(法律家業界では「補充規定(ほじゅうきてい)」などと呼んでいます)があります。この強行規定に違反した契約等の規定は無効になりますから、その規定で定められた「権利」に基づく請求をしても、認められません。
例えば、労働基準法第13条は「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。」と定めています。この規定は強行規定であり、「直律効」を明記したものです。その結果、労働基準法の規定よりも労働者に不利な労働契約をしても、労働基準法よりも労働者に不利な点は無効となって、その部分は労働基準法の水準まで引き上げられます。最低賃金法も同様です(最低賃金法第4条第2項)し、借地借家法の借家契約の更新拒絶の要件(正当の事由が必要)等についても借地借家法の規定よりも賃借人に不利な契約の規定は無効とされています(借地借家法第30条)。利息制限法の制限利率も同様です(利息制限法第1条第1項、第4条第1項)。
また、個別の強行規定に違反しなくても、あまりにひどい内容のものは無効とされます。消費者契約法第10条は、「消費者の利益を一方的に害する」契約条項を無効とすると定めていますし、民法第90条は「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」と定めています(法律行為というのは、民法用語で、意思表示、契約などのことです)。
これらの一般条項によって、契約の規定が無効とされることはあまり多くはありません。しかし、例えば労働事件の領域でも、日産自動車事件・最高裁判決(1981年3月24日第三小法廷判決)は、定年年齢を男性は60歳、女性は55歳としていた就業規則の規定を民法第90条違反として無効とするなど、これらの一般条項による法理も一定の存在感を持っています。
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