刑事裁判とは大きく違う、民事裁判という制度。どういう制度か知りたくないですか。
民事裁判は紛争解決のために国が用意しているサービス
裁判は、大きくは民事裁判(みんじさいばん)と刑事裁判(けいじさいばん)に分けられます。この場合、刑事裁判以外の裁判が民事裁判といってよいでしょう。民事裁判は、さらに狭い意味での民事裁判(裁判業界では、「民事通常事件(みんじつうじょうじけん)」などと呼ばれます)と行政裁判(ぎょうせいさいばん)、家事事件(かじじけん)等に分けられます。
新聞やテレビなどで報道されるのは、刑事裁判が(圧倒的に)多いので、裁判といえば刑事裁判を思い浮かべる人が多いと思います。そのため、民事裁判も、(具体的にはどういうものかよくわからないけれど)刑事裁判と似たようなものだと考えている人が多いのではないでしょうか。
民事裁判と刑事裁判は、同じく裁判所で行うものですから、共通する点もありますが、かなり性格の違うものです。
刑事裁判では、犯罪が発生したときに、国(検察官)が、犯人だと考える人(「被告人(ひこくにん)」と呼ばれます)を強制的に起訴(きそ)して、裁判所はその起訴された犯罪事実(はんざいじじつ:被告人がいつどこでどのような犯罪を行ったかについての検察官の主張)について被告人が有罪か無罪かを判断し、有罪と判断した場合にはどのような刑を科すべきかを判断します。刑事裁判は、国の刑罰権(けいばつけん)の行使を裁判所がチェックするという制度です。そのため、ごく一部の例外(公務員の職権乱用の場合の準起訴手続と、検察審査会の起訴議決)を除いて、刑事裁判は検察官が起訴しない限り開始されません。一般市民は、(裁判員として裁判をする側で関与する場合と、検察審査会で検察官の不起訴の当否を判断する側で関与する場合を除けば)被疑者・被告人として否応なく関与させられるか、一定の種類の事件で被害者となった場合に被害者参加するという形でしか裁判の当事者とはなりません。どの場合も一般人が関与するのは、抽選にせよ起訴されるにせよ(あるいは被害に遭うにせよ)、受け身の形です。
これに対して、民事裁判は、自分の権利が侵害されたり実現できない状態にあったりもめごとになったりといった法的な紛争(トラブル)が発生したときに、その当事者が希望した場合には、裁判所が、公正な第三者の立場で、証拠に基づいて事実を認定し、法律などの一定のルールを基準に判断を示して、問題となっている権利を実現するなどして紛争を法的に解決するという制度です。これは、法的な紛争に巻き込まれた一般人が、紛争を解決するために、国が用意したサービスといってよいでしょう。民事裁判は、紛争の当事者が訴えなければ始まりません。国や地方自治体も裁判を起こすことはできますが、その場合も民間人と同じ資格の一当事者として民事裁判を起こすのです。民事裁判では、だれもが、受け身ではなく、自ら積極的に、その利用(裁判の開始)を求めることができるのです。
民事裁判の特徴:紛争解決と真実解明の比重
民事裁判は、法的な紛争(権利の侵害があったり、権利が実現できていないために権利の実現を求めることもその相手方との紛争です)が発生して、その当事者が裁判所にその解決を求めたときに、その紛争の法的な解決のために行われるものです。
そのため、まず紛争の当事者が裁判所に訴えないと(訴訟提起、訴えの提起、提訴などといわれます)民事裁判は始まりません。そして、裁判所は、訴えを起こした人(「原告(げんこく)」と呼ばれます)の請求に拘束され、請求された内容を超えた判決をすることはできません(民事訴訟法第246条)。例えば原告が100万円の支払を求めている裁判では、仮に裁判所が原告には200万円の請求権があると判断しても、訴えられた相手(「被告(ひこく)」と呼ばれます)に200万円の支払を命じることはできないのです。そして裁判が始まった後でも、原告が訴えを取り下げれば(一定の時期以降は取下げには被告の同意が必要になりますが:民事訴訟法第261条第2項)裁判はそれで終了し(民事訴訟法第262条)、裁判所は判決をしたくても判決をすることができなくなります。裁判の途中で両当事者(原告と被告)が紛争解決の合意(和解:わかい)をすれば、やはり裁判はそこで終わり、判決はなされません。現実には、民事裁判の多くは、裁判中に和解が成立して終了しています。こういった点は、民事裁判は、当事者が紛争解決を求めているときに、裁判所がその範囲(当事者が裁判所に解決を求めている範囲)でだけ対応するということから導かれるものです。紛争がなくなって(解決して)しまえば、もう裁判所の出番はないということです。
また、紛争が解決せずに判決に至る場合でも、民事裁判での事実認定(じじつにんてい)は、当事者の主張に拘束されます。原告と被告の主張が一致している場合(多くは、片方が主張し、他方がそれを「認める」と主張したとき)には、その点(その事実)については証拠によって証明する必要はなく(民事訴訟法第179条)、原則として裁判所は当事者の(一致した)主張どおりに認定します。これも、民事裁判は、紛争がある範囲(事実認定では双方の主張の食い違い、争いがある点)についてだけ判断を示すということが原則となっているためです。
裁判で検討の対象となる証拠も、当事者(原告と被告)が積極的に提出したものに限られます。裁判所が、当事者が提出していない(悪くいえば隠している)証拠があると考えた場合、こういう書類があるのではないですかと当事者に聞く(「釈明(しゃくめい)」を求める)こともありますが、それでもその証拠があったとしても提出するかどうかは当事者の自由です。もっとも、この点は、「当事者の行動に拘束される」とか、「真実発見が重視されていない」ということではなくて、裁判の勝ち負けに利害関係を持つ当事者に主張立証させる方がより適切な証拠が提出され、裁判官は判断者に徹した方が(「岡目八目(おかめはちもく)」って言いますし)先入観にとらわれず見落とす危険が減って、真実発見のためにより適切なやり方だと考えられているのだともいえますけど。
民事裁判での真実の解明(真相の究明)は、これまでに説明したように、基本的には、両当事者の訴訟活動(主張や証拠提出、証人申請等)の範囲に制約された限定的なものです。特定の種類の裁判(子どもの権利が問題となるような裁判など)で裁判所が積極的に真実の解明に努力すべきこととされている以外では、民事裁判では、真実の解明よりも紛争の解決が優先されているといえます。
判決は、判決に対して上訴できる期間内に上訴しないか、それ以上上訴できなくなると「確定」します(民事訴訟法第116条)が、判決が確定した後になって、新たに証拠が発見されたということで裁判のやり直しをしたいという人が時々います。刑事裁判の場合は、真実の解明(正義の実現)が優先されますので、有罪判決を覆すに足りる新たな証拠が見つかれば、それは再審(さいしん:裁判のやり直し)の理由となります。しかし、民事裁判では、真実の解明よりも紛争の解決の方が優先されている結果、判決が間違いだという証拠が発見されたからといってそれだけでは再審の理由にはなりません。そのようなことは正義に反すると、その新たな証拠を発見した人は思うでしょう(私のところに再審請求の相談に来る人は口をそろえてそう言います)。しかし、民事裁判は、裁判所が積極的に真実を解明する(正義を実現する)ことを目的とする制度ではないのです。ここでは、いったん解決した事件であること、その裁判手続の中でベストを尽くすことが求められていること(それが終わった後であれこれ言うのは本来的にルール違反であること)が重視されているのです。
このコーナー(民事裁判の話)の構成
このコーナー(民事裁判の話)では、民事裁判について6つの項目に分けて詳しく説明します。
「民事裁判のしくみ(民事裁判という制度)」の項目では、民事裁判制度の基本的なことがらを説明します。そもそも民事裁判というのはどういう制度なのか、なんのためにあるのか、民事裁判ではどういう請求ができるのか、言い換えれば何が裁判の対象になるのか、民事裁判では現実にはどのようなことが問題となるのか、民事裁判での立証はどのように行うのか、民事裁判で裁判官はどういうことをどのような枠組みで判断するのか、言い換えれば勝つためには何が必要なのか、民事裁判にはどういう人が関わるのか、日本の民事裁判は遅いのかというようなことを説明します。
「民事裁判の流れ(民事裁判の1審の手続)」の項目では、民事裁判の始まりから判決に至るまでの流れを、順を追って説明します。まずは、地方裁判所での通常民事事件の1審の進行を念頭において、民事裁判の手続は概ねどう進むのか、民事裁判はどうやって始まるのか、どの裁判所に裁判を起こすのか、第1回の口頭弁論前にどういうことがあるのか、訴状が相手に届かないときはどうなるのか、訴状が届いているのにそれを無視するとどうなるのか、第1回口頭弁論はどう進むのか、その後の手続はどう進んでいくのか、証拠書類の集め方や出し方、証人や当事者の尋問、和解、判決といったことを説明します。その後、簡易裁判所での審理の特徴をまとめて説明します。民事裁判の手続の実際を知るためには、この部分を読むといいでしょう。
「判決に不服があるとき(民事裁判の控訴・上告・再審)」の項目では、一般には意外と知られていない(弁護士のサイトでもあまり説明していない)控訴、上告、再審請求について説明します。
「相手が判決に従わないとき(強制執行と民事保全)」の項目では、判決で勝訴しても相手が従わないときにどういうことができるのか(判決をとる法的な意味)と、裁判中に相手が財産隠しをする(強制執行逃れをする)ことを防ぐための手続について説明します。
「判決まで待てないとき(仮の地位を定める仮処分)」の項目では、裁判で判決を得るまでには相当程度(1年前後とか)時間がかかり、それまで待っていては勝訴しても意味がなくなってしまうような場合に、一定の権利関係を仮に定める(命じる)「仮の地位を定める仮処分」について説明します。
「民事裁判の費用(裁判所に納める費用と弁護士費用)」の項目では、民事裁判にかかる費用について説明します。これは大きく分けて2つで、裁判所に納める費用(訴訟費用)と弁護士費用です。それぞれどういう費用がかかるか、相手方にそれを請求できるか、費用が払えないときどうするかを説明します。
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